獣医師のドッグフード研究コラム
こんにちは。獣医師の清水いと世です。
今回は、わんちゃんに必要な栄養素、ナイアシン(ビタミンB3)について説明します。
水溶性ビタミンのひとつです。
ナイアシンが欠乏すると生じる代表的な病名(症状名)は、人のペラグラ、犬の黒舌病があります。
人のペラグラという病気は、昔、トウモロコシを主に食べていた地域で流行していました。
顔や手足などに日光があたることで皮膚炎を生じたり、吐き下しや腹痛のような胃腸症状、頭痛やめまい、幻覚などの神経症状を示しました。
犬を含めほとんどの哺乳類は、アミノ酸の一種であるトリプトファンからもナイアシンを合成できますが、猫はトリプトファンから違う物質を合成する経路の酵素の働きが強いため、ナイアシンを十分量合成できません。そのため、猫の食事中ナイアシンの必要量は多くなっています。
ナイアシンには、ニコチン酸とニコチンアミドがあります。
植物性食材の主要なナイアシンはニコチン酸ですが、動物組織ではニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD)やニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸(NADP)、そしてニコチンアミドとして存在しています。
トウモロコシなど植物由来のナイアシンの多くは結合型です。これをナイアシンとして利用するためには、その結合を分解しなくてはいけません。犬はこの能力が乏しいため、植物由来のナイアシンはあまり利用できません。
食事として摂取したNADなどのナイアシンは、加水分解され、主に小腸から吸収され、門脈から全身循環に入っていき、さまざまな組織でNADやNADPに再合成されます。
過剰なナイアシンやその代謝物は尿中に排泄されます。
ナイアシンは体内の酸化還元反応にかかわっており、主な機能は、多くの酸化還元酵素の補酵素として働くことです。
NADとNADPがナイアシン由来の補酵素で、これらはエネルギー(ATP)の産生や脂肪酸合成、糖代謝のような多くの酸化還元酵素のかかわる場所で活躍します。リボフラビンとともに、還元型グルタチオンを再生する反応にもかかわっています。
犬のナイアシン欠乏症は、ナイアシンとトリプトファンが少ない食事を与えることによって生じる可能性がありますが、一般的なドッグフードを食べている限り欠乏症が起こることはほとんどありません。
犬のナイアシン欠乏では、食欲不振や体重減少、口内の炎症や潰瘍、血様の流涎や下痢、脊髄の神経変性が生じたと報告されています。口内だけでなく腸の炎症もひどく、ナイアシンの欠乏を改善しなければ亡くなってしまいます。
犬は、トリプトファンを含む食事によってナイアシン欠乏を予防、緩和できるようですが、猫はトリプトファンをナイアシンに変換できないので、ナイアシン自身が含まれている食事を摂取しなくてはいけません。
犬のナイアシン要求量は、ナイアシン量を変えた食事を犬に与えたときに、犬がナイアシン欠乏症(黒舌)を起こさない量から定められています。
日本人の食事摂取基準では、ナイアシンの基準値は、トリプトファンからナイアシンへ変換した量も含めたナイアシン当量でも設定されています。その変換率から、トリプトファンの重量を60で割ったトリプトファン由来のナイアシン量とナイアシン自身の量との合計がナイアシン当量です。
トリプトファンからナイアシンへの変換は動物種によって異なり、報告から推定された犬の変換率は、人より効率が悪いようです。
犬の食事中ナイアシンの安全上限量は決められていませんが、ナイアシンの大量投与により血様便を生じ、その後、けいれん、死亡と続いた報告があります。
人でも、大量投与すると、下痢や劇症肝炎のような症状が報告されています。
上限がないからと言って、大量に与えていいわけではありません。
ナイアシンは安定性の高いビタミンのため、チアミンのように保存や調理(加工)による減少の心配は少ないようです。
国内の犬の手作り食の調査では、ナイアシンはほとんど不足することがない栄養素でした。
ナイアシンは魚や肉類に多く含まれていますが、充足に貢献していた食材も、鶏肉、豚肉、牛肉と上位は肉類が占めていました。
犬と異なり猫はトリプトファンからナイアシンを十分に合成できませんが、肉食動物である猫にとっては、すでにナイアシンが十分含まれている肉を主食とする限り、ナイアシンを合成する必要はなく、トリプトファンからエネルギーを産生するほうが理にかなっています。
穀物にもナイアシンは含まれていますが、犬がそのナイアシンをうまく利用するには限界があるため、タンパク質が極端に少ない食事の場合は、ナイアシン不足にならないように注意しましょう。
ナイアシンは、通常、ドッグフードを食べていて不足することはありませんが、食欲不振や偏食が続くとき、病気があるときは注意しましょう。
獣医師清水 いと世 (京都大学博士 / 農学)
山口大学農学部医学科卒業後、動物病院にて勤務。
10年ほど獣医師として勤務した後、動物専門学校で非常勤講師を務める。
その後、以前より関心のあった栄養学を深めるために、武庫川女子大学で管理栄養士の授業を聴講後、犬猫の食事設計についてさらなる研究のため、京都大学大学院・動物栄養科学研究室を修了。
現在は、栄養管理のみの動物病院「Rペット栄養クリニック」を開業し、獣医師として犬猫の食事にかかわって仕事をしたいという思いを持ち続け、業務に当たる。