獣医師のドッグフード研究コラム
こんにちは。獣医師の清水いと世です。
今回は、わんちゃんに必要な栄養素、セレン(セレニウム)についての説明です。
セレン(元素記号Se)は、植物よりも動物組織中に多く存在します。体内では肝臓や腎臓に高濃度が含まれますが、総量では筋肉に多く含まれます。抗酸化作用や甲状腺ホルモン活性化の働きのある必須微量ミネラルのひとつです。
犬の食事に含まれるセレンの吸収率や利用率に関する報告はあまりありません。他の動物種による食材やサプリメント中セレンの生物学的利用率の研究結果より、犬もさまざまなタイプのセレンを利用できると考えられています。
セレンは小腸より吸収され、体内の恒常性は尿への排泄量によってコントロールされています。
セレンは、グルタチオンペルオキシダーゼという抗酸化作用のある酵素の成分です。呼吸によって取り込まれた酸素の一部は活性酸素種になりますが、活性酸素種は増え過ぎると酸化ストレスによって体を損傷してしまいます。
体内では活性酸素種を消去する機構があり、SOD(スーパーオキシドジスムターゼ)によって活性酸素種は過酸化水素に変えられ、この過酸化水素をグルタチオンペルオキシダーゼが無毒な水に分解します。
この消去機能が低下すると活性酸素種による酸化ストレスが生じ、DNA(核酸)やタンパク質、脂質などが酸化ダメージを受け、突然変異やタンパク質の変性、過酸化脂質を生じ、がんの発生にもつながります。セレンはグルタチオンペルオキシダーゼの成分として、ビタミンEとともに細胞を酸化ダメージから守っています。
また、セレンは甲状腺ホルモンの代謝に関わる脱ヨウ素酵素の成分でもあります。
セレンの摂取量が少ないとこれら成分の合成に影響を及ぼし、酸化ストレスを生じたり、甲状腺の組織や機能に問題が生じたりするかもしれません。
犬のセレン欠乏の研究は少ないですが、セレンとビタミンEが不足することによって、元気や食欲がなくなり、筋肉に浮腫や変性、壊死を生じた報告があります。
その影響は骨格筋だけでなく、人間のセレン欠乏症である克山病が心臓の筋肉にダメージを生じるように、犬の心筋や腸の筋肉にも異常がみられています。
犬はセレンが不足すると、血液中のセレン濃度やグルタチオンペルオキシダーゼ濃度に影響がでますが、甲状腺ホルモンへの影響は認められていません。セレン不足は甲状腺機能亢進症の主な原因ではないようですが、長期に不足した場合の甲状腺への影響はわからないため、不足しないようにしましょう。
セレン欠乏症同様に、犬がセレンを過剰に摂取した報告はあまりありませんが、セレンを多く摂りすぎると、浮腫や貧血、肝機能不全などの症状がみられています。
犬のセレンの要求量は、犬のセレン欠乏の研究やセレンの生物学的利用率の研究、そして他の動物種の研究を加味して決定されています。
犬のセレンの上限量は、設定できるだけの十分なデータがないため、NRC飼養標準では定められていませんが、ドッグフードの基準であるAAFCO養分基準では最大値が設定されています。
セレンは、植物性の食材には少なく、動物性の食材に多く含まれます。動物性の食材では、魚やレバー、卵に多く含まれています。
市販のドッグフードでは、サプリメントとして添加される場合もあります。
犬の手作り食のレシピ調査では、セレンは比較的AAFCO養分基準を満たしていた栄養素です。セレンの基準値を満たしていたレシピの中で、セレン源として貢献していた食材は鶏肉や豚肉です。
セレンの多いカレイを食材に用いたことで、セレンの上限量を超えているレシピもありましたが、セレン中毒の心配は、セレンの量だけでなく、その多い量を持続して摂取した期間や体内での利用率も影響すると考えられるため、一回の食事がセレンの上限を少々超えた程度では、通常心配ありません。同じ食材を長期に使用する際には、栄養素量の過不足がないようにしましょう。
上記したように、セレンには、抗酸化物質としての働きや甲状腺ホルモンの代謝にかかわる働きがあります。このため、酸化ストレスによって生じる可能性のある病気や甲状腺にかかわる病気とセレンの関係が疑われ、人では、がんや心疾患、脂質代謝や甲状腺疾患などとセレンの関連が研究されています。
犬でも同様に考えることはできるでしょうが、セレンの摂取によって病気が治るかどうかはわかりません。セレンが不足している場合は、セレンの摂取は有効だと考えられますが、そうでない場合に追加して摂取する際は、必要なのか検討しましょう。AAFCO養分基準値を満たしている総合栄養食のドッグフードは、追加のサプリメントは通常必要ありません。
手作り食を与えている場合や病気がある場合にはセレンの補充が必要になるかもしれません。かかりつけの動物病院に相談しましょう。
獣医師清水 いと世 (京都大学博士 / 農学)
山口大学農学部医学科卒業後、動物病院にて勤務。
10年ほど獣医師として勤務した後、動物専門学校で非常勤講師を務める。
その後、以前より関心のあった栄養学を深めるために、武庫川女子大学で管理栄養士の授業を聴講後、犬猫の食事設計についてさらなる研究のため、京都大学大学院・動物栄養科学研究室を修了。
現在は、栄養管理のみの動物病院「Rペット栄養クリニック」を開業し、獣医師として犬猫の食事にかかわって仕事をしたいという思いを持ち続け、業務に当たる。