獣医師のドッグフード研究コラム
こんにちは。獣医師の清水いと世です。
今回は、わんちゃんに必要な栄養素、ビタミンB12(コバラミン)について説明します。
ビタミンB12とは、コバラミンとも呼ばれる水溶性ビタミンのひとつです。コバルトという金属イオンを中心に持つ、大きく複雑な構造をしたビタミンです。その補酵素型には、アデノシルコバラミンやメチルコバラミンがあり、主に葉酸の代謝と関連があります。
ヒトも犬も猫も合成することができず、微生物が合成したものを利用しています。
食べ物に含まれるビタミンB12はタンパク質と結合しています。その結合が消化過程で分解され食べ物から放出されると、消化管内から分泌される内因子という物質と結合して、小腸の上皮細胞のレセプターから吸収されます。
内因子はヒトでは胃粘膜から産生されているため、胃癌などで胃を切除するとビタミンB12が吸収できずに欠乏症の心配が生じてしまいますが、犬の内因子の主な産生部位は膵臓です。
ビタミンB12は、血中ではトランスコバラミンという輸送タンパク質と結合して運ばれます。
生体内でビタミンB12はふたつの補酵素、アデノシルコバラミンやメチルコバラミンとして機能しています。補酵素ですので、酵素の補助を行います。
アデノシルコバラミンが関与する酵素であるメチルマロニルCoAムターゼは、メチルマロニルCoAのサクシニルCoAへの変換を触媒します。メチルマロニルCoAは、一部のアミノ酸や奇数鎖脂肪酸の代謝により生じます。
サクシニルCoAはTCA回路の基質になります。このように、アデノシルコバラミンはタンパク質や脂肪が代謝されてエネルギー合成にまわるために重要な働きがあります。
ビタミンB12欠乏で、この変換が上手くいかなくなると、サクシニルCoAが減少しメチルマロニルCoAが蓄積するためメチルマロン酸の尿排泄量が増えます。
メチルコバラミンが関与する酵素であるメチオニン合成酵素は、N5-メチルテトラヒドロ葉酸のメチル基をホモシステインに渡して、アミノ酸の一種であるメチオニンとビタミンの一種であるテトラヒドロ葉酸(THF)を生じます。
葉酸は核酸の合成に必要なため、ビタミンB12によるこのテトラヒドロ葉酸の再生によって、細胞の再生が活発な造血組織である骨髄などのDNAやRNAの合成が行われます。
犬のビタミンB12欠乏症は、定量研究によるものではなく、病気によって発症した報告があります。
ひとつは、遺伝的な病気によってビタミンB12の吸収がうまくいかないジャイアント・シュナウザーの報告です。この病気では、内因子と結合したビタミンB12を吸収するためのレセプターが小腸に欠如してしまっています。
子犬の時期に発症し、食欲不振や成長障害が起こり、白血球や赤血球が減少し、血中のビタミンB12の濃度が減少し、メチルマロニル酸尿症やホモシステイン血症が生じます。
ビタミンB12の吸収がうまくいかないので、飲み薬でビタミンB12を投与しても改善できません。注射による治療が必要です。
また、腸内細菌の過剰増殖により犬が利用できるビタミンB12が減少してしまった報告もあります。
犬の食事中のビタミンB12の要求量を定めるような研究がないため、NRC飼養標準では、犬のビタミンB12の要求量は他の動物に推奨されている量を外挿して定めています。
高用量の注射による投与を除き、経口摂取によって犬がビタミンB12中毒になった報告はありません。
ビタミンB12は動物性の食材に多く含まれ、植物性の食材にはほとんど含まれていません。
犬の手作り食のレシピ調査では、ビタミンB12は不足することの多い栄養素でした。基準を充足していたレシピの中で、充足に貢献していた食材は、鮭、鶏レバー、アジでした。鮭やアジは使用量が多いとビタミンDの基準を超えてしまうこともあるため、手作り食を行う際には、量にも注意して用いましょう。
腸管内の微生物によってもビタミンB12の合成は期待されますが、ビタミンB12を吸収できる部位より後ろの部分での合成では、利用することができません。
上記欠乏症のところで述べたように、遺伝的にビタミンB12を吸収できない病気があります。この病気の場合は生涯、ビタミンB12を補給しなければならず、数週間に1回の注射による管理が必要になります。
胃腸疾患によっても欠乏症が生じることがあります。腸内細菌が異常に増え過ぎてビタミンB12 を使い果たしたために犬自身が利用できない場合や、腸のダメージがひどくてビタミンB12を吸収できない場合があります。
また、膵臓の病気のために欠乏が生じることもあり、内因子の低下が考えられています。胃腸疾患による欠乏症の場合も、注射による投与が推奨されています。
これら疾患がある時のビタミンB12は、要求量より多い量が必要だと考えられています。
総合栄養食のドッグフードには十分量添加されていますが、手作り食のときや偏食のとき、疾患を持っていたり老齢のときは、不足することがないように注意しましょう。
獣医師清水 いと世 (京都大学博士 / 農学)
山口大学農学部医学科卒業後、動物病院にて勤務。
10年ほど獣医師として勤務した後、動物専門学校で非常勤講師を務める。
その後、以前より関心のあった栄養学を深めるために、武庫川女子大学で管理栄養士の授業を聴講後、犬猫の食事設計についてさらなる研究のため、京都大学大学院・動物栄養科学研究室を修了。
現在は、栄養管理のみの動物病院「Rペット栄養クリニック」を開業し、獣医師として犬猫の食事にかかわって仕事をしたいという思いを持ち続け、業務に当たる。