獣医師のドッグフード研究コラム
こんにちは。獣医師の清水いと世です。
今回は、わんちゃんの血液検査の項目、AST(GOT)についての説明です。
ここで取り上げている血液検査のひとつの項目のみで、わんちゃんの健康や病気の状態は判断できません。
動物病院では、他の血液検査の項目、触診や聴診のような身体検査、そしてレントゲンやエコー検査などを組み合わせて診断を行います。
ここの内容は、動物病院で受けた検査項目の確認や、かかりつけの獣医師から受けた説明の復習にご利用ください。
心配な血液検査結果は、わんちゃんのためにも、必ずかかりつけの動物病院に相談しましょう。
ネットで情報をピックアップして不安を増やしてしまうより、かかりつけの獣医師に直接ご確認いただいた方が、早めの解決につながります。
以前説明したALTと同じく、ASTも酵素のひとつです。
アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼの略で、GOT(グルタミン酸オキサロ酢酸トランスアミナーゼ)とも呼ばれます。
ALT(アラニンアミノトランスフェラーゼ)と同様に、アミノトランスフェラーゼというアミノ酸のアミノ基を転移する酵素です。
ASTは名称にもあるアスパラギン酸の構造中のアミノ基をα-ケトグルタル酸に渡します。アミノ基のとれたアスパラギン酸はオキサロ酢酸になり、アミノ基を受け取ったα-ケトグルタル酸はグルタミン酸になります。
これらはGOTの名称にある化合物です。この酵素反応は逆にも進み、グルタミン酸のアミノ基の転移も行います。
タンパク質はアラニンやアスパラギン酸のようなアミノ酸がたくさん結合してできています。
タンパク質が分解されて生じた個々のアミノ酸は、タンパク質合成に利用されたり、さらに分解されたりします。
アミノ酸の分解では、炭素(C)を含む部分はエネルギー源になったり、窒素(N)を含む部分(アミノ基NH2)は排泄されたりします。
アンモニア(NH3)は生体にとって有毒なため、アミノ酸の分解で生じたアミノ基は安全な形(グルタミン酸)に集められ、安全な形(グルタミン)で移動させ、肝臓で安全な形(尿素)に変換し、腎臓より排泄されます。
ASTはアスパラギン酸のアミノ基をα-ケトグルタル酸に転移させ、グルタミン酸という安全な形にする酵素です。
ASTはアスパラギン酸のアミノ基をグルタミン酸に移動する働きのほか、エネルギーを作る時に利用されるNADHの細胞内の移動にもかかわっています。
ASTは細胞内に存在する酵素ですが、存在する細胞に傷害があると血液に漏れ出て血液中の濃度が増えます。
この時に血液検査を行うとASTが増加しています。
ASTはさまざまな組織(細胞)に存在しますが、特に肝臓や、心臓、体の筋肉に多く、これらの異常の指標として用いられます。
以前説明したALTの増加は主に肝臓の異常を疑いますが、ASTの異常は肝臓の異常だけでなく、他の異常によって増加している場合もあります。
両方が増加している場合は、肝臓の異常を疑い、肝臓のレントゲンやエコーなどの検査に進みます。
ALTの項目でも説明したように、ALTやASTの異常があったからといって、肝臓の「機能」が悪いかどうかはわかりません。肝臓の機能の低下は、別の検査結果も考慮して判断します。
ASTは増加しているのにALTは増加していない場合、筋肉などASTを増加させる肝臓の異常以外の原因を探すためにレントゲンなど他の検査を進めます。
ASTの上昇は組織の損傷によって血中にASTが漏出した結果です。
組織(肝臓や筋肉など)の損傷は、細菌やウイルスなどの感染や毒物や薬物による傷害だけでなく、組織に必要な酸素や栄養を運ぶ血流が障害されても起こります。また、自身の免疫異常によって組織が壊されて生じる場合もあります。
犬の研究では、セレンとビタミンEが不足した食事で筋肉の異常を生じ、ASTの上昇を認めた報告もあります。
また、ASTは赤血球内にも多く含まれるため、赤血球が壊れるような病気や採血時に赤血球が壊れてしまった際も増加します。
さらに、激しい運動によって増加する場合もあり、これら原因を探すためにも、他の検査を実施するだけでなく、食事や運動内容などの情報も大切です。
血液検査の項目は非常にたくさんあります。
病気特有の検査であれば、その血液検査結果によりその病気の有無や程度を知ることができますが、今回のASTのように、その異常値だけでは病気の場所や原因がわからない項目もあり、動物病院でよく行われる血液検査の項目の多くは後者です。
元気がない、食欲がないなど、どの病気でもあてはまる症状しか示さない場合、身体検査をはじめとして、その症状の原因となっている病気の場所を探す検査を行います。最初に実施される血液検査は、このような目的で実施されることが多く、この結果より、問題のない臓器、異常の疑われる臓器を探します。
一度の血液検査で治療方針が決まり、その後の治療経過も順調で回復することが望ましいのですが、病気の原因が探せず治療経過も芳しくない場合は、検査も多岐にわたります。
CTやMRI検査、内視鏡検査が必要になる場合もあり、これらは犬の場合、全身麻酔が必要です。
また肝臓のような組織を直接採取して検査するために、全身麻酔をかけた手術が必要な場合もあります。これらの検査は費用も高額になり、具合の悪い動物に麻酔をかけたり手術をしたりと、リスクの高い検査でもあります。
血液検査を実施し治療を続けても治らない場合は、それだけ病気が深刻ということも考えられます。さらなる検査や治療など、かかりつけの動物病院の先生と相談しましょう。
検査によって原因が確定できた場合、その原因に応じた治療が行われます。
栄養管理も原因によって異なります。肝臓の病気用の療法食は肝臓の機能が低下した際に使用することを考えて、タンパク質の量を抑えている場合が多く、ASTが上昇していても、肝機能が落ちていなければ、低タンパク質の食事は必要ない場合もあります。
AST上昇の原因によっては、特別な栄養管理を必要とせず、食べなれた食事で管理を行う場合もあります。
総合栄養食のドッグフードであれば、通常、セレンやビタミンEが不足することはありませんが、食事の関連が疑われる場合は、ドッグフードを変更する場合もあります。
AST(GOT)はアミノ基を転移する酵素です。肝臓や心臓、筋肉に存在するため、これらの組織が傷害されると、血中濃度が増加します。
血液検査でASTが増加している際は、どの組織に異常があるのか探すために他の検査を実施する場合もあります。
検査も治療方針も、わんちゃんの病状によってさまざまです。治療内容など詳細は、かかりつけの動物病院にご相談ください。
・ドッグフードを変えると同じカロリーでも太っちゃうわんちゃんへ
獣医師清水 いと世 (京都大学博士 / 農学)
山口大学農学部医学科卒業後、動物病院にて勤務。
10年ほど獣医師として勤務した後、動物専門学校で非常勤講師を務める。
その後、以前より関心のあった栄養学を深めるために、武庫川女子大学で管理栄養士の授業を聴講後、犬猫の食事設計についてさらなる研究のため、京都大学大学院・動物栄養科学研究室を修了。
現在は、栄養管理のみの動物病院「Rペット栄養クリニック」を開業し、獣医師として犬猫の食事にかかわって仕事をしたいという思いを持ち続け、業務に当たる。