獣医師のドッグフード研究コラム
第9回:犬にとってのビタミンK
こんにちは。獣医師の清水いと世です。
今回は、脂溶性ビタミンである、ビタミンKについてのお話をさせていただきます。
ビタミンK…聞きなれない方もいらっしゃると思います。脂溶性ビタミンには、ビタミンA、ビタミンD、ビタミンE、ビタミンKの4種類がありますが、ビタミンKはこの中で一番マイナーです。
ビタミンKの関与する有名な病気や代表的な作用がないからかもしれません。
ビタミンKの種類
ビタミンKには、天然に存在するフィロキノン(ビタミンK1)とメナキノン(ビタミンK2)、そして合成品であるメナジオン(ビタミンK3)があります。
フィロキノンは植物に多く存在します。
メナキノンは、構造の違い(側鎖の長さ)によっていくつかの同族体に分類され、代表的なものが、動物性の食材に多いメナキノン-4と納豆菌の産生するメナキノン-7です。
植物や細菌は、ビタミンKを合成できますが、動物はできないため、食べ物で摂取するか、腸内細菌によって合成されたビタミンKを利用しなくてはいけません。
消化、吸収、代謝、そして排泄
口から摂取したビタミンKは、胆汁によって吸収が促進されます。腸細胞に取り込まれると、リンパ管経由で全身循環に入り肝臓に輸送されます。他の脂溶性ビタミンとは異なり、肝臓内で速やかに代謝され、主に便中に排泄されます。
合成品であるメナジオンは、市販のドッグフードに添加物として用いられていることがあります。
これ自体に生物学的活性はありませんが、腸の微生物や動物体内で代謝されて構造が変わることで、活性を持つメナキノンになります。メナジオンはフィロキノンやメナキノンより速やかに代謝され尿中に排泄されます。
体内のビタミンKは摂取したもののほか、腸内細菌によって合成されたものがあります。人では、腸内細菌の産生量は多くなく、口からの摂取量が少ないと潜在的なVK欠乏症になることが心配されていますが、犬では消化管内で腸内細菌により合成される量でその要求量が満たされるため、通常のドッグフードや食事を食べている正常な犬では、欠乏症の心配はありません。
腸内細菌による合成量が少なくなるような状況の時には、犬も口からの摂取が重要になります。
ビタミンKの主な働き
ビタミンKの主な働きは、血液凝固や骨の石灰化の調節です。
体に傷を受けて出血しても、血が固まって出血が止まります。この血液凝固に関わるのがプロトロンビンというタンパク質で、これを作るときにビタミンKは必要です。
また、骨の形成を調節するオステオカルシンというタンパク質の合成にもビタミンKは必要です。
ビタミンKの独特な機能は、タンパク質のグルタミン酸残基のカルボキシル化を促進することです。これは、タンパク質の活性に必要であり、このようなタンパク質をビタミンK依存性タンパク質と呼びます。このカルボキシル化によってプロトロンビンやオステオカルシンが合成されます。
ビタミンK欠乏症
上記した主な働きが行えなくなります。
プロトロンビンが作られなくなれば、血が止まりにくくなります。
体は、目に見える切り傷などの外傷以外にも、炎症や高血圧などの病気によってあらゆる箇所で出血が生じる可能性があります。ビタミンKが欠乏すると、出血が止まらなくなるため、消化管からの出血があれば、血便(あるいは黒色便)、膀胱からの出血であれば血尿、皮膚の下の出血では青あざ(出血斑、紫斑)が認められることがあります。もちろん、見えない箇所で出血していることも考えられます。
上記したように、通常、腸内細菌によりビタミンKは合成されるため、正常な犬であれば欠乏症の心配はありません。ただし、長期抗生物質の使用や脂肪制限食を食べている場合、食事量自体が少ない場合、また慢性腸炎や、肝臓、胆嚢疾患の場合は、注意が必要です。腸内細菌が弱まりその合成量が抑制されるため、また脂肪摂取量の減少や胆汁分泌不足による脂肪吸収不全のため、ビタミンKの吸収も減少してしまいます。
さらに、ワルファリンなどの抗凝固剤を含む殺鼠剤は、ビタミンKのリサイクルを抑制して欠乏症にすることで効果を発揮します。犬が誤って食べることのないようにしましょう。
ビタミンK過剰症
フィロキノンとメナキノンの毒性は低いと考えられていますが、メナジオンの過剰摂取は致死的な貧血や黄疸を生じる場合があり、その毒性量は、要求量の1,000倍以上と言われています。
ドッグフードの栄養基準
ペットフードの基準であるAAFCO養分基準では、ビタミンKは規定されていませんが、
NRC飼養標準では、メナジオンの量で基準値が設定されており、成犬の推奨許容量は1,000 kcalあたり0.41 mgです。これは、天然のビタミンK量(分子量の比より換算)にすると、およそ1 mgに相当します。
犬は、代謝を行う上でビタミンKを必要としますが、通常適切な量を腸内細菌が合成しているため、正常な犬であれば摂取する必要はありません。NRCでは予防量として、ビタミンKの腸合成が不適切な可能性のある食事の乾物1 kg(4,000 kcal)あたり1.3 mgのメナジオン量を提案しています。
ビタミンKを多く含む食材
納豆や、小松菜などの緑黄色野菜に多く含まれますが、国内の犬の手作り食のレシピ調査では、ビタミンK量に貢献していた食材の上位は、キャベツ、ブロッコリー、そして納豆でした。
これらの日本食品標準成分表のビタミンK量は、可食部100 gあたり、それぞれ78、160、そして600 µgです。
キャベツは可食部100 gあたりでは多い方ではありませんが、使用量が多かったため、ビタミンK量として貢献していました。
ビタミンKは健康なわんちゃんの食事を考える場合は、それほど神経質になることはありませんが、病気の時は、きちんと食事に含まれるように心がけましょう。
獣医師清水 いと世 (京都大学博士 / 農学)
山口大学農学部医学科卒業後、動物病院にて勤務。
10年ほど獣医師として勤務した後、動物専門学校で非常勤講師を務める。
その後、以前より関心のあった栄養学を深めるために、武庫川女子大学で管理栄養士の授業を聴講後、犬猫の食事設計についてさらなる研究のため、京都大学大学院・動物栄養科学研究室を修了。
現在は、栄養管理のみの動物病院「Rペット栄養クリニック」を開業し、獣医師として犬猫の食事にかかわって仕事をしたいという思いを持ち続け、業務に当たる。
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