獣医師のドッグフード研究コラム
こんにちは。獣医師の清水いと世です。
今回は、「酵素」についてのお話をさせていただきます。
分解や合成といった反応を手助け(触媒)するタンパク質です。
通常イメージされるのは、動物の胃腸の中で食べ物を分解する消化酵素ですが、動物や植物の細胞内の反応にも多くの酵素が関与しています。
カタカナ表記だと、アミラーゼ、リパーゼ、プロテアーゼのように、「(ア)ーゼ」が最後につくのが一般的です。ペプシンやリゾチームなど「(ア)ーゼ」のつかない例外もあります。
消化酵素には、でんぷんを分解するアミラーゼや、タンパク質を分解するプロテアーゼなどがあります。食べ物は、分子量が大きいままでは体に吸収されません。
分解されて小さい分子になることで血管内に吸収され、体のあらゆる細胞に届けられます。
私たちは、自身の細胞を生かすため、活動させるために食べ物を食べています。
細胞内でさまざまな代謝反応を行うために、細胞には何千種類もの酵素が必要です。その代謝反応を行う酵素のひとつに、血液検査の項目でもあるGPT(別名、ALT)があります。
このGPTは、犬猫だけでなく人でも、血液に含まれる量を測定することによって、肝臓の異常のチェックに用いられています。
GPTとは、グルタミン酸ピルビン酸トランスアミナーゼの略であり、グルタミン酸のアミノ基をピルビン酸に転移する酵素です。この酵素は肝臓の細胞内に多く存在するため、血液検査でこの数値が高いということは、肝臓の細胞内からこの酵素が血管に出てしまっていることを意味し、肝臓の異常が疑われます。
GPT以外にも、細胞内で養分(糖など)からエネルギー(ATP)を作り出すときももちろん、たくさんの酵素が働いています。
エネルギーを作り出す解糖系やクエン酸回路でも、ヘキソキナーゼやデヒドロゲナーゼなど、「○○○(ア)ーゼ」という酵素名がたくさん出てきます。
犬も猫も人も、食べたものは消化酵素によって分解されることで体に吸収できるようになり、また、その養分は細胞内の酵素によって効率よくエネルギーにしてもらえます。
生きるためにさまざまなところで、酵素が活躍しています。
酵素は、どこから来たのでしょうか?
酵素はタンパク質ですので、必要に応じて、細胞の核の中のDNA(遺伝子)の遺伝情報を基に転写、翻訳という工程を経て合成されます。
食べ物を分解する消化酵素ももちろん同様です。
胃腸(消化管)は体の中にありますが、食べ物が通過し、腸内細菌が存在している胃腸管の腔内は、体の外と考えます。
消化酵素は、腺細胞が血中からアミノ酸など合成に必要な成分を取り込み、それを基に酵素を合成します。その後、酵素原顆粒として細胞内に濃縮され、食べ物が胃腸に入ると分泌され、細胞外(胃腸管腔内)で作用します。
タンパク質ですので熱に弱く、変性し、失活という酵素の働きが行えない状態になります。
また、酵素には至適pHといって、酸性環境で活躍する種類やアルカリ性の環境を好む種類があります。
食べ物の中の酵素を口から摂取しても、通常のタンパク質と同様に分解され、アミノ酸やペプチドとして吸収されます。酵素として働くことはできなくなります。
酵素は非常に重要です。「酵素入り」と聞くと、体にいいような気がします。
酵素に関する研究はたくさんあり、そのような研究開発によって薬も誕生しています。
しかし、細胞内での酵素の優れた効果は、口から摂取して同様に得られるわけではありません。
ただし、消化酵素の力を利用してあらかじめ食べ物を分解することはできます。その有名な方法がパイナップルと肉の組み合わせです。パイナップルに含まれる酵素の力で肉のタンパク質を分解することで肉が柔らかくなります。
酵素の摂取は日常的に行われています。酵素は細胞内の多くの代謝反応にかかわっていますので、細胞を摂取すれば、酵素も摂取されます。
つまり、植物性や動物性の食べ物を食べれば、そこには酵素が含まれており、酵素を摂取するということは、驚くことではなく、普通のことです。
酵素入りの製品の場合、食べ物から摂取することとは異なるかもしれません。抽出されたり、濃縮されたり、あるいは合成されたりして、特定の酵素が多く含まれているかもしれません。
酵素には多くの種類が存在します。特定の酵素を摂取する場合、その酵素はどのようなタイプなのか、その酵素を摂取することで、どこでどのように作用して、どのような効果がみられるのか、また、副作用はないのか、大量に摂取しても安全なのか、酵素はタンパク質だけどアレルギーの心配はないのか、確認しましょう。
「酵素」と「酵母」は、まったく違います。
酵母は、微生物の一種です。代表的なものには、ビール作りに使われるビール酵母や、パン作りに使われるイーストがあります。
酵母にも、酵母自身が生きていくために、多くの酵素が含まれています。
酵素は、酵母(生物)ではありません。タンパク質です。
酵素は、タンパク質です。
タンパク質は口から摂取しても、アミノ酸やペプチドに分解されてから体に吸収されます。
体のタンパク質は細胞のDNAの情報を基に、アミノ酸から合成されます。
酵素がその酵素のまま、体に吸収されることも、さらに血液の流れに乗って細胞内に取り込まれて酵素の働きをすることもありません。
わんちゃんへの酵素摂取が意味を成すのは、消化不良による消化器の病気のときです。特に消化酵素が作れない、作る力が弱いときにはパンクレアチンなどの消化酵素製剤は有効です。
「酵素の無駄遣い」が気になるなら、暴飲暴食をやめてみるのもいいかもしれません。
獣医師清水 いと世 (京都大学博士 / 農学)
山口大学農学部医学科卒業後、動物病院にて勤務。
10年ほど獣医師として勤務した後、動物専門学校で非常勤講師を務める。
その後、以前より関心のあった栄養学を深めるために、武庫川女子大学で管理栄養士の授業を聴講後、犬猫の食事設計についてさらなる研究のため、京都大学大学院・動物栄養科学研究室を修了。
現在は、栄養管理のみの動物病院「Rペット栄養クリニック」を開業し、獣医師として犬猫の食事にかかわって仕事をしたいという思いを持ち続け、業務に当たる。