獣医師のドッグフード研究コラム
第11回:犬にとってのビタミンA
こんにちは。獣医師の清水いと世です。
今回は、脂溶性ビタミンである、ビタミンAについてのお話をさせていただきます。
ビタミンAの種類
代表的なビタミンAはレチノールであり、他に、レチナール、レチノイン酸などがあります。
プロビタミンAとは、体内で変換された後にビタミンAになる物質で、代表的なβ-カロテンの他、α-カロテンやクリプトキサンチンなどのカロテノイドがあり、植物に含まれています。
消化、吸収、代謝、そして排泄
食事として摂取されるビタミンA源には、レチノールやレチニルエステル、β-カロテンなどがあります。
レチニルエステルは、小腸で加水分解され、腸細胞に取り込まれます。
β-カロテンなどのプロビタミンAは、ビタミンAに変換しないと、動物は利用することができません。この変換には、酸化的開裂が必要です。
この変換率は、動物によって大きく異なり、人や犬は変換できますが猫はできません。
そのため、この利用(消化吸収してビタミンAとして使えること)は、動物によって大きく異なります。
人では吸収率は量に伴い減少します。また、猫は吸収できますが、β-カロテンの開裂に必要な脱酸素酵素を持っていないので、レチノールに変換できません。
日本人の食事摂取基準や日本食品標準成分表では、プロビタミンAをレチノールに相当する量(レチノール活性当量)として示してしていますが、この変換率や吸収率を基に決められています。
犬猫の栄養基準をまとめているNRC飼養標準(2006)では、現在、犬のβ-カロテンのレチノール当量は定めていません。
腸細胞に取り込まれたカロテノイドは、レチノールとともにリンパ管へ放出され、その後血中に乗って肝臓や組織に運ばれます。
肝臓はビタミンAの主要な貯蔵部位です。ここで、レチニルエステルとして貯蔵され、人では、レチノール結合タンパク(RBP)に結合して放出されますが、犬や猫では、血中の大部分がレチニルエステルとして存在しています。
人では、血中のレチニルエステルの上昇は、ビタミンA過剰の指標になりますが、犬猫では同じように考えることはできません。
吸収されたビタミンAの一部は貯蔵され、残りは便や尿中に排泄されます。
主な働き、役割
ビタミンAは、主に5つの機能、視覚、細胞分化、形態形成、成長、そして免疫機能が確認されています。
レチノールは、利用される細胞内で、レチナールやレチノイン酸に変化します。
目の網膜にあるロドプシンは、オプシンというタンパク質とレチナールからできています。光を感じるとレチナールはオプシンと分離し、この刺激が脳に伝わります。
ビタミンA欠乏症の代表的な症状である夜盲症は、暗くなると見えなくなる症状ですが、これはビタミンA不足によりロドプシンが減るため、目の光を感じる機能が低下してしまうために起こります。
レチノイン酸は、遺伝子発現を調節する重要な因子であり、細胞の核内に作用して、細胞の分化を誘導する作用があります。
ビタミンA欠乏では皮膚や粘液上皮細胞の角化を生じてしまいますが、ここにビタミンAを補充すると角化細胞から粘液細胞に分化を誘導します。
この細胞分化を誘導する作用を利用して、一部の白血病の治療に用いられることもあります。
また、胎児の正常な発育、子犬の成長に必要なため、妊娠時の母犬、そして子犬のドッグフードなどの食事中のビタミンAの過不足は子犬に異常を生じることがあります。
他、免疫機能を高めたり、調節する作用があります。
カロテノイドには、抗酸化作用、免疫賦活作用があります。
ビタミンA欠乏症
犬のビタミンAの欠乏症状は、食欲不振、体重低下、運動失調の他、皮膚や粘膜上皮の角化など上皮細胞の障害が生じるために、眼球乾燥、結膜炎、皮膚病変、気管支炎が起こります。
また、妊娠に障害を生じたり、免疫低下により感染症を起こしやすくなります。
子犬では、頭蓋骨の成長不良によって神経の狭窄、変性を生じ、視覚や聴覚に影響を及ぼすこともあります。
ビタミンA過剰症
食事由来のカロテノイドの犬への毒性は低いと考えられていますが、過剰量のレチノールの摂取は、中毒を生じる可能性があります。
子犬の過剰症の症状は、食欲が落ちたり、足の痛みにより触られることや歩くことを嫌がったりします。ひどいと骨が変形します。
妊娠犬が過剰症になってしまうと、口蓋裂のある子犬が産まれることもあります。
犬の栄養基準
ビタミンA欠乏症の犬が、β-カロテンの添加によって回復したり、肝臓への貯蔵量が増加したという報告より、犬はβ-カロテンを利用できることがわかっています。しかし、NRCではカロテンのレチノール当量は定めていません。
猫は、β-カロテンの開裂酵素を持たないために、カロテンを利用できません。
犬の手作り食でビタミンAの充足に貢献した食材
犬の手作り食のレシピ調査では、ビタミンAの充足に貢献していた食材は、レバーや卵でした。ただし、レバーの使用量が多かったために、基準を上回ってしまったレシピもあり、用いる場合は過剰にならないように気を付けましょう。
この調査では、NRC(2006)に基づき、食事中のβ-カロテンは、ビタミンAの栄養素含量の算出に含めていません。手作り食では、人参などの緑黄色野菜を用いることも多いため、犬のβ-カロテンのレチノール当量が定まれば、緑黄色野菜も貢献食材に仲間入りするかもしれません。
ちなみに、緑黄色野菜とは、一部例外はありますが、“原則として可食部100g当たりカロテン含量が600 µg以上のもの”です。
疾患との関係
コッカー・スパニエルの脂漏症という皮膚病に、ビタミンAの投与で治療する場合があります。
ビタミン剤は簡単に手に入りますが、脂溶性ビタミンであるビタミンAは過剰による中毒の心配がありますので、獣医師の診断の下、適切な投与治療を行ってください。
注意点、最後にまとめ
ビタミンAは少なすぎても多く摂りすぎても、病気を生じます。また、一部の病気には治療として用いることもできる不思議なビタミンです。
総合栄養食のドッグフードには過不足なく含まれていますが、ここにビタミンAを多量に含むサプリメントや健康食品、犬のおやつ などを加えたために、過剰にならないように気を付けてください。
食事中のビタミンAの過不足や病気について気になる場合は、動物病院に相談しましょう。
獣医師清水 いと世 (京都大学博士 / 農学)
山口大学農学部医学科卒業後、動物病院にて勤務。
10年ほど獣医師として勤務した後、動物専門学校で非常勤講師を務める。
その後、以前より関心のあった栄養学を深めるために、武庫川女子大学で管理栄養士の授業を聴講後、犬猫の食事設計についてさらなる研究のため、京都大学大学院・動物栄養科学研究室を修了。
現在は、栄養管理のみの動物病院「Rペット栄養クリニック」を開業し、獣医師として犬猫の食事にかかわって仕事をしたいという思いを持ち続け、業務に当たる。
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