獣医師のドッグフード研究コラム
こんにちは。獣医師の清水いと世です。
今回は、わんちゃんに必要な栄養素であるチアミンについて説明します。
チアミンは、水溶性ビタミンのひとつで、ビタミンB1のことです。
不足すると脚気(かっけ)という足がしびれたりする神経症状が出ることで有名なビタミンで、日本の農芸化学者の鈴木梅太郎博士が、この脚気の予防・治療に有効な成分として米ぬかから発見しました。
チアミンは人間も犬猫も必要量を合成することができないため、摂取しなくてはいけない必須ビタミンです。
しかし、微生物や植物は合成することができます。
穀物の胚芽(芽や根になる部分)に多く含まれ、胚乳(芽や根の栄養になる部分)には少ししか含まれていないため、小麦胚芽や米ぬかには多く含まれますが、小麦粉や精白米にはあまり含まれていません。
動物性由来の食べ物では、豚肉に多く含まれます。
植物のチアミンのほとんどが非リン酸化型です。動物組織にはリン酸化型が多く、その多くがリン酸を二つ結合したチアミンピロリン酸です。
他に、リン酸を一つ結合したチアミン一リン酸と三つ結合したチアミン三リン酸そして非リン酸化型があります。
チアミンは、アルカリ性や加熱に弱く、市販ドッグフードの加工方法によっては、かなり多くのチアミンが失われることがあるため、AAFCO養分基準では、特に注意喚起しています。
また、保管期間が長くなるほどチアミンは失われていくため、使用期限を守ることも大切です。
手作り食の場合、通常の調理方法で、大きく失われることはありません。水溶性のために煮汁に一部、溶けだしてしまいますが、煮汁ごと摂取することによって損失を減らすことができます。
摂取したリン酸化チアミンは、チアミンに分解された後、小腸から吸収されます。
主な排泄ルートは尿です。
細胞内のチアミンピロリン酸は、グルコースからエネルギーを産生するときの代謝経路に大切な役割があります。
グルコースからエネルギーを得るために、細胞内に取り込まれたグルコースは何段階も化学反応(代謝)によってその構造を変化させ、最終的にATP(アデノシン三リン酸)という高エネルギーを持つ物質を作り出します。
チアミンピロリン酸は、その一部で補酵素として働き、反応を進めます。
チアミン三リン酸は神経細胞に多く存在し、チアミン欠乏の神経症状が生じる一因ではないかと疑われています。
チアミンの体内蓄積量には限界があるため、他のビタミンより、短期間で欠乏症を生じるようです。
チアミンが欠乏してくると、食欲や体重が落ちたり、食糞を始めたりします。欠乏がひどくなると、沈鬱や運動失調、けいれんなど神経症状や心不全を起こし、亡くなることもあります。
チアミン欠乏による食欲減少や多発性神経炎などの報告により、欠乏を起こさないように必要量が決められています。
脂肪量の少ない食事では、この必要な量は多くなるようです。
抗生物質の使用は、腸内細菌によるチアミンの合成に影響を及ぼす可能性があります。
偏った食事や薬を使用しているとき、お腹を壊しているときは、チアミンの不足にならないように、注意が必要です。
研究では、塩酸チアミンを大量に注射することによって、血圧低下などのチアミン中毒が生じることがわかっています。
犬がチアミンを口から摂取したことによる中毒の報告はなく、犬猫の栄養基準をまとめているNRC飼養標準では、チアミンの安全上限量を定めていません。
人では口からの長期多量摂取によって、イライラしたり、皮膚炎を生じるといった副作用の報告があります。
犬のチアミンの上限(安全上限量)がないからと言って、多量に摂取しても大丈夫ということではありません。食べ物にもともと含まれているチアミンの量で、中毒を生じることは通常ありませんが、サプリメント等の使用によって、過剰に摂取することのないようにしましょう。
国内の犬の手作り食の調査では、チアミンを充足することができていたレシピの中で、その充足に貢献していた食材は、豚肉、鮭、鶏肉でした。鶏肉は、可食部あたりのチアミン量は多い方ではありませんが、レシピの食材中では多く使用していたため、十分量のチアミンが含まれる結果になりました。
チアミナーゼとは、チアミンを分解する酵素です。チアミンの作用がなくなります。
主に、淡水魚や貝類に含まれます。
チアミナーゼは加熱によって破壊されますので、これら食材は十分に加熱調理して使いましょう。
チアミンは、わんちゃんにも必須の水溶性ビタミンです。
水溶性ですので毎日摂取するようにしましょう。
長期の食欲不振やチアミン不足の食事を食べることによる摂取不足だけでなく、慢性腎疾患や利尿剤の使用などによる尿量の増加はチアミンの排泄が増えるため、欠乏症に注意が必要です。
また、長期間の保存によって失われていきますので、ドッグフードの使用期限を守り、適切に保存しましょう。
食べ物からの中毒の心配は少ないですが、サプリメントなどによって過剰摂取にならないように、わんちゃんの口から体に入るものは、今一度チェックしましょう。
ドッグフードやサプリメントなどに関して、心配なことがあれば、獣医師や専門家に相談しましょう。
獣医師清水 いと世 (京都大学博士 / 農学)
山口大学農学部医学科卒業後、動物病院にて勤務。
10年ほど獣医師として勤務した後、動物専門学校で非常勤講師を務める。
その後、以前より関心のあった栄養学を深めるために、武庫川女子大学で管理栄養士の授業を聴講後、犬猫の食事設計についてさらなる研究のため、京都大学大学院・動物栄養科学研究室を修了。
現在は、栄養管理のみの動物病院「Rペット栄養クリニック」を開業し、獣医師として犬猫の食事にかかわって仕事をしたいという思いを持ち続け、業務に当たる。