獣医師のドッグフード研究コラム
第20回:犬の胆泥症 <前編>
こんにちは。獣医師の清水いと世です。
今回は、わんちゃんの胆泥症について説明します。
前編は、胆泥症の原因や検査方法や症状について、犬の胆泥症 後編は治療や予防方法について説明します。
犬の胆泥症とは
胆嚢内に泥状の物質が蓄積している状態です。
胆嚢とは、肝臓にくっついている袋状の臓器です。胆嚢は、肝臓で作られた胆汁を貯め、食事摂取の刺激(腸からのコレシストキニンの分泌)によって消化管内に胆汁を分泌します。
胆汁には、胆汁酸の他、重炭酸や水分、ミネラルなどが含まれています。
胆汁の主な作用は、摂取した脂肪の消化を手助けすることです。また、肝臓の代謝によって生じたさまざまな物質を含み、これらを腸へ(便として)排泄する作用もあります。
胆泥症は、胆嚢内に泥状物質が存在するだけであれば、症状がでることは通常ありませんが、胆泥が詰まって胆汁が分泌できなくなると、命にかかわるひどい症状が出てしまいます。
胆泥症の検査方法
胆泥症は、胆嚢内に泥状の物質が蓄積している状態ですので、その確認は超音波検査(エコー検査)で行います。
健康診断などでたまたま発見されることもあれば、わんちゃんの調子が悪くて行った肝臓のエコー検査で見つかることもあります。
胆嚢内の泥状の物質は、通常、重力に従って沈んでいます。エコー検査では、わんちゃんの姿勢を立位から仰向けの姿勢のように変えることで、胆嚢内で胆泥が動くかどうかのチェックを行うこともあります。
胆泥の悪化形態とも考えられている胆嚢粘液嚢腫(たんのうねんえきのうしゅ)もエコー検査で確認します。胆嚢粘液嚢腫になると、胆嚢の破裂や閉塞によりわんちゃんが亡くなってしまう危険性が高まるため、この病気との区別も大切です。
動物病院でよく行われる血液検査や尿検査などで、胆泥が貯まっているかどうかはわかりません。血液検査項目のALP(アルカリフォスファターゼ)の数値は、胆泥のときに上がっていることがありますが絶対ではありません。ALPの数値は肝臓の病気でも、副腎皮質の病気でも上がることがあります。ALPの数値が上昇していても胆泥が貯まっていないこともあるのです。
また、胆泥があるとTG(トリグリセリド、中性脂肪)やT-Chol(総コレステロール)の値も高いことが多いようですが、これも必ず上昇しているとは限りません。
犬の胆泥症の症状
胆泥が存在するだけであれば、多くのわんちゃんは無症状です。
胆嚢炎を生じたり、胆管閉塞のような胆泥が詰まって胆汁が流れなくなると、症状を伴います。
元気や食欲不振、発熱や腹痛、嘔吐を生じます。また、黄疸になると、白目の部分や皮膚が黄色くなり、尿はとても濃い色なります。
犬の胆泥症の原因
胆汁成分の変化が胆泥という状態を生じているため、この成分変化を起こす原因は、食事を含め口から摂取したものの問題、胆汁を作る場所である肝臓の問題、胆汁を貯めておく胆嚢の問題が考えられます。
・口から摂取したものの問題
食事変更だけで改善したわんちゃんがいるため、以前の食事が原因であったと考えられますが、その食事の何が悪かったのかはわかりません。
メチオニン欠乏の高コレステロール食を犬に与えて胆泥を生じさせた研究があります。通常のドッグフードにこのような食事はありませんが、食事内容によって胆泥を生じさせる可能性はあるようです。
胆嚢粘液嚢腫の要因には、エネルギー摂取過剰の関与も疑われています。食べすぎも一因になる可能性があります。
・肝臓の問題
肝臓自体の異常や内分泌疾患が原因で肝臓の代謝に変化が生じた結果、胆汁成分が変わった可能性があります。肝臓は様々な物質の合成や分解を行う特別な臓器であり、その排泄物を貯蔵する胆嚢はその内容によって様々な影響を受けます。
・胆嚢の問題
上記した肝臓で代謝された物質によって胆嚢が炎症を起こすこともあれば、総胆管経由で腸内細菌が上行感染を起こすことでも炎症を生じることがあります。炎症が生じると胆嚢の分泌が変化し、胆嚢の収縮性が下がって胆汁の排泄力が低下し胆汁うっ滞が生じることも、胆泥の発生や悪化につながります。
また、脂質代謝異常があると、胆嚢の細胞膜中の脂質へも作用し、これも胆嚢の収縮性に影響を及ぼします。
このように、胆嚢の異常(収縮不全や胆嚢自身の分泌異常)や肝臓の異常(肝臓の作る胆汁内容の変化)、脂質代謝異常を起こす内分泌疾患(クッシング症候群や甲状腺機能低下症)や食事などが考えられていますが、ここに老齢という加齢性の変化も加わり、原因の特定を難しくしています。
胆泥を生じることが多かった犬種についての報告はありますが、その犬種が胆泥を起こしやすいというより、その地域で人気の犬種、つまり頭数が多かっただけの場合もあり、報告によって違いがあります。
胆泥の一因と考えられている脂質代謝異常を起こしやすい犬種には、ミニチュアシュナウザーやシェットランドシープドッグなどがいます。シェットランドシープドッグは、適切な胆汁の形成にかかわる遺伝子が変異している病気を持っている場合があることもわかっています。
国内の調査では、胆嚢粘液嚢腫を起こしやすい犬種は、ポメラニアン、アメリカンコッカ―スパニエル、シェットランドシープドッグ、ミニチュアシュナウザー、チワワだったと報告されています。
原因追及のための検査
複数の要因が絡んでいる可能性があるため、検査が多岐にわたることもあります。
よく行われる血液検査は肝酵素の数値(ALTやALPなど)の確認ですが、コレステロールや中性脂肪の値の他、副腎脂質ホルモンや甲状腺ホルモンなどの内分泌疾患の検査が必要なこともあります。
エコー検査は、胆泥の診断時だけでなく、その後の経過観察でも行われ、最も頻繁に実施される検査です。どこまで検査を行うか、かかりつけの動物病院の先生とよく相談しましょう。
後編は、犬の胆泥症の治療と予防方法について説明します。
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獣医師清水 いと世 (京都大学博士 / 農学)
山口大学農学部医学科卒業後、動物病院にて勤務。
10年ほど獣医師として勤務した後、動物専門学校で非常勤講師を務める。
その後、以前より関心のあった栄養学を深めるために、武庫川女子大学で管理栄養士の授業を聴講後、犬猫の食事設計についてさらなる研究のため、京都大学大学院・動物栄養科学研究室を修了。
現在は、栄養管理のみの動物病院「Rペット栄養クリニック」を開業し、獣医師として犬猫の食事にかかわって仕事をしたいという思いを持ち続け、業務に当たる。
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