獣医師のドッグフード研究コラム
第21回:犬の胆泥症 <後編>
こんにちは。獣医師の清水いと世です。
今回は、わんちゃんの胆泥症の後編です。治療や予防方法について説明します。
犬の胆泥症の治療
胆泥を生じさせた原因や疑われる原因があれば、それを取り除きます。
そのために、犬の胆泥症 <前編> で説明した原因追及のための検査結果が重要になります。
肝臓の異常が認められるのであれば、肝臓の治療とその肝臓の異常を起こした原因の治療が必要です。
脂質代謝異常(高脂血症)があれば、低脂肪食が考慮されますが、脂質代謝異常を生じている原因(内分泌疾患や肝疾患)をコントロール(治療)しなければ、食事だけで改善することは難しいです。
動物病院では、薬の他、療法食やサプリメントが処方されることもあります。
代表的な薬は、胆汁酸の一種であるウルソデオキシコール酸です。
胆汁酸には、多くの種類がありますが、ウルソデオキシコール酸は胆汁の流れを改善する作用がある他、フリーラジカルの産生を抑制したり、コレステロール濃度を下げる効果が期待されるため、胆汁うっ滞を生じているときによく用いられます。
他にも、胆嚢の収縮を改善させる薬や脂質代謝異常を改善させる薬などが使用されます。
サプリメントには、多価不飽和脂肪酸のn-3脂肪酸製剤が用いられることがあります。
n-3脂肪酸には、脂質代謝異常や胆嚢の収縮の改善が期待されていますが、多価不飽和脂肪酸は非常に酸化しやすく、酸化した多価不飽和脂肪酸の摂取は胃腸にも肝臓にも悪影響を及ぼしてしまうため、注意が必要です。
また、上記n-3脂肪酸の効果を期待するには非常に多い量を用いなくてはいけないため、通常のサプリメントの量では限界があります。
他に、抗酸化能や肝機能の改善を期待して、SAM-eやシルマリン等のサプリメントが処方されることもあります。
これらによって胆泥が改善するわんちゃんもいますが、胆泥は原因が特定しにくく、複数の要因が絡んでいることがあるため、治療は非常に難しく改善に苦慮することも少なくありません。
食事を含め、口から摂取し腸から吸収されたものの多くは肝臓に入って、そこで代謝(処理、解毒)されます。
摂取したものが原因で胆泥が生じることもあるため、わんちゃんが口から摂取するものは、食事も薬もすべてチェックしましょう。薬の投与量もきちんと守りましょう。
食事も偏れば病気になるように、一部の食材や栄養素の摂りすぎはよくありません。
健康補助食品だからと言って摂りすぎはよくありません。医薬品であればなおそうです。
1日1回の処方薬を誤って2回投与していることがないようにしましょう。
薬には定められた量があります。複数の動物病院にかかっている場合、薬の併用含めて問題が生じないように動物病院の先生に併用薬も伝えましょう。
胆泥は、偶発的に見つかっただけとして経過観察のみを行う場合と、症状が出る可能性を考慮して治療を行う場合と、動物病院によって方針が異なることがあります。
胆汁が泥状になってしまうということは、症状がなくても何らかの異常があるから胆泥になっていると考えられます。胆泥があると胆嚢の排泄率が低下しているため、胆汁うっ滞などが悪化することのないよう、軽視せずに対策を行いましょう。治療を行わない場合でも経過は観察しましょう。
食べすぎれば、余分なエネルギーは体内で脂肪として蓄積され、脂肪肝になることもあります。
胆嚢の病気ではエネルギーの摂取過剰が疑われている点からも、胆泥持ちのわんちゃんがぽっちゃりであれば、その改善も必要でしょう。
原因が特定できず薬でも反応しない難治性の胆泥を治すような食事、食材はわかっていません。
ささ身などで改善された話もあるようですが、それまでの食事が悪かっただけで単純にささ身を含む食事変更を行ったから良かったのか、肉類の中で低脂肪であるささ身を用いることで食事全体が低脂肪食になったから良かったのか、ささ身とは関係なく併用していた薬が良かったのかわかりません。
犬の胆泥は治るのか?
胆泥は原因を取り除くことができれば、治ります。
ただし、その原因にたどり着くのが難しく、また原因に不可逆性の変化が起こってしまった後では治りません。
胆泥が動きのない、胆嚢内に付着したような状態に変化してしまうと、治ることが難しくなります。
悪化させない努力も必要です。
毒物摂取などの一過性の肝疾患によって胆泥が蓄積してしまったようなわんちゃんは、その肝疾患の改善に伴い胆泥は消失しますし、ドッグフードが原因であれば、ドッグフードの変更によって胆泥は治ります。
老齢性の肝臓の代謝変化が一因であるなら、改善には限界があります。
加齢性変化を原因として受け止めるか、年齢以外の原因を探し治療に取り組むかは、かかりつけの動物病院でしっかり相談しましょう。
予防や対策のために
胆泥持ちのわんちゃんの多くは、特に症状なく過ごすことができます。
ただし、胆泥の進行、悪化には常に注意が必要です。
胆泥と胆嚢粘液嚢腫は、その成分のムチンの類似性も見つかっており、胆泥は胆嚢粘液嚢腫の前段階ではないかと疑われています。
胆嚢粘液嚢腫は胆嚢の破裂や総胆管の閉塞のような急変を生じ、緊急手術が必要になることもあります。亡くなることもある怖い病気です。このような経験を持つ獣医師は少なくありません。
わんちゃんの胆泥を悪化させないためには原因追及が必要であり、検査が多くなってしまいます。
中年齢以上のわんちゃん、吐くことの多いわんちゃんは、健康診断で胆嚢の検査を追加してもらい、早めの発見に努めましょう。
胆嚢のエコー検査は胃の中が空の方が、胆嚢をより鮮明に確認することができるため、検査前に絶食を指示されることがあります。食前の胃内容が空になることは、胃腸をリセットする作用も期待されます。
絶食でエコー検査を受けたのにもかかわらず、胃に食べ物が残っているのであれば、ドッグフードやおやつの種類や量、回数を見直してみるのも方法かもしれません。
獣医師清水 いと世 (京都大学博士 / 農学)
山口大学農学部医学科卒業後、動物病院にて勤務。
10年ほど獣医師として勤務した後、動物専門学校で非常勤講師を務める。
その後、以前より関心のあった栄養学を深めるために、武庫川女子大学で管理栄養士の授業を聴講後、犬猫の食事設計についてさらなる研究のため、京都大学大学院・動物栄養科学研究室を修了。
現在は、栄養管理のみの動物病院「Rペット栄養クリニック」を開業し、獣医師として犬猫の食事にかかわって仕事をしたいという思いを持ち続け、業務に当たる。
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