獣医師のドッグフード研究コラム
こんにちは。獣医師の清水いと世です。
今回は、わんちゃんに必要な栄養素、パントテン酸(ビタミンB5)について説明します。
パントテン酸とは、パントイン酸とβ-アラニンという物質が結合したもので、水溶性のビタミンです。光学活性を示し、天然型である右旋性型のD体のみがビタミン活性を持っています。
ギリシャ語の「どこにでもある」という言葉が由来となっているように、動植物中に広く存在します。食べ物の中のパントテン酸は、主に補酵素A(コエンザイムA、CoA)やパンテテインの形で存在します。
CoAは主に脂肪酸の代謝反応にかかわっています。CoAと結合した代表的な物質がアセチルCoAであり、脂肪酸のβ酸化や解糖系でピルビン酸から合成される物質です。
CoAやパンテテインなどの形で存在する食材中のパントテン酸は、摂取されると、腸内の酵素によって加水分解された後、吸収されます。吸収はエネルギー依存輸送によって生じますが、高濃度では単純拡散によって吸収されます。
パントテン酸は、組織中では主にCoAなどの結合形態で、血中では遊離パントテン酸として存在しています。
CoAは加水分解されパントテン酸塩として尿に排泄されますが、犬では主にβ-グルクロニドとして排泄され、遊離型は少ないと報告されています。
食物繊維の摂取量が増えると、腸内細菌のパントテン酸合成が高まるようですが、ラットの研究では腸内細菌が産生したパントテン酸を吸収・利用できないことがわかっています。
パントテン酸は、主にCoAや4’-ホスホパンテテインの形で作用しています。
CoAは、解糖系や脂肪酸での酸化のように、主にエネルギー代謝で大切な役割があります。CoAは脂肪酸に結合して、アセチルCoAやマロニルCoAのようなアシルCoAになり、アシル基の転移反応にかかわっています。
脂肪酸からアセチルCoAを得るためのβ酸化は、細胞内のミトコンドリア内で行われますが、脂肪酸はそのままではミトコンドリアの中に入ることができません。脂肪酸はミトコンドリア内に入るまではアシルCoAという形で存在し、L-カルニチンがミトコンドリア内膜を通過させて輸送します。ミトコンドリア内部で脂肪酸は再びアシルCoAとなります。
CoAは、脂肪酸の輸送にL-カルニチンとともに大切な役割があります。
CoAは、ステロイドホルモン、コレステロール、アセチルコリンなどの合成にもかかわっています。
4’-ホスホパンテテインは、脂肪酸の合成にかかわるタンパク質であるACP(アシルキャリアプロテイン)に結合して脂肪の代謝にかかわっています。
このようにパントテン酸は、脂肪酸の合成や分解に主にかかわっています。
特にアセチルCoAとしての働きは重要であり、脂肪酸のβ酸化や解糖系でピルビン酸より作られ、エネルギー産生のためのクエン酸回路に入る前の物質になります。
補酵素の作用以外では、アセチル-CoA はタンパク質をアセチル化することで、タンパク質の構造や機能を修飾しています。
パントテン酸が欠乏した犬は、食欲が不安定となります。成長期の犬では成長が止まり、病気を防ぐための抗体を作る能力が低下します。
また、胃腸炎や脂肪肝、呼吸や心拍の促拍、そしてけいれんや昏睡を生じ、最終的には亡くなってしまいます。血液、肝臓、筋肉、脳内のパントテン酸濃度は減少し、尿中のパントテン酸の排泄量も減少します。
犬のパントテン酸の要求量は、欠乏症を起こさない量から決定されています。
マウスの研究では、脂肪の摂取量が多いとパントテン酸の要求量が高まることがわかっています。パントテン酸は、脂肪酸の代謝に深くかかわりがあるため、高脂肪食のときは十分摂取するよう心がけましょう。
パントテン酸の毒性はほとんどないと考えられています。
犬のパントテン酸の中毒の報告はありません。
パントテン酸は、酸性やアルカリ性、そして熱によって破壊されてしまうため、ドッグフードは適切に保存しましょう。
また、水に溶けやすいため、手作り食では煮汁ごと摂取すると、調理損失を少なくできます。
パントテン酸は自然に広く存在しており、レバーのような内臓肉や畜肉のほか、酵母などに多く含まれています。
国内の犬の手作り食の調査では、パントテン酸が不足していたレシピはほとんどありませんでした。パントテン酸の充足に貢献していた上位の食材は、鶏肉、豚肉、牛肉でした。
パントテン酸は、摂取不足になる可能性は低く、過剰投与による副作用の心配もほぼないビタミンですが、人では、ストレスや疲労などで不足することが心配されています。
わんちゃんが病気のときは、十分摂取できるように心がけましょう。
L-カルニチンは、脂肪燃焼を期待してドッグフードに添加されていることがあります。メタボリックシンドロームの人に投与した研究では、パントテン酸もL-カルニチン同様に腹囲が減少し、血中の中性脂肪の値などが改善する場合もあったと報告されています。
体形の気になるわんちゃんは、パントテン酸が不足しないようにしましょう。
獣医師清水 いと世 (京都大学博士 / 農学)
山口大学農学部医学科卒業後、動物病院にて勤務。
10年ほど獣医師として勤務した後、動物専門学校で非常勤講師を務める。
その後、以前より関心のあった栄養学を深めるために、武庫川女子大学で管理栄養士の授業を聴講後、犬猫の食事設計についてさらなる研究のため、京都大学大学院・動物栄養科学研究室を修了。
現在は、栄養管理のみの動物病院「Rペット栄養クリニック」を開業し、獣医師として犬猫の食事にかかわって仕事をしたいという思いを持ち続け、業務に当たる。