獣医師のドッグフード研究コラム
第31回:犬に必要な栄養素 – コリン –
こんにちは。獣医師の清水いと世です。
今回は、わんちゃんに必要な栄養素、コリンについて説明します。
コリンとは
コリンはビタミンのような作用を持ちますが、ビタミンよりも必要量が多く、肝臓でエタノールアミンから合成することができるため、ビタミン様物質になります。
コリンは、細胞膜のリン脂質成分(ホスファチジルコリン)として、動植物中に広く存在します。
コリンの主な役割は、生体内でのメチル基転移反応でメチル基供与体として働くことです。この代謝反応には、アミノ酸の一つであるメチオニンや葉酸、ビタミンB12もかかわっており、コリンの必要量にも影響してきます。
消化、吸収、そして排泄
食べ物の中でコリンは、主にホスファチジルコリンのようなリン脂質として含まれています。消化酵素により分解され遊離コリンとなり小腸より吸収されるか、腸内微生物によって分解されてトリメチルアミンとなって排泄されます。
コリンは組織に取り込まれるとメチル基供与体として使用されたり、リン酸化されリン脂質合成に使われます。
生物学的機能
コリンの主な作用は、メチル基供与体としての働きです。
コリンは代謝されると、グリシンにメチル基を3つ持つ構造であるトリメチルグリシン(ベタイン)になります。ベタインは、ホモシステインにそのメチル基を渡してメチオニンを合成します。
葉酸の誘導体であるメチルテトラヒドロ葉酸もホモシステインからメチオニンを合成する反応にビタミンB12とともに働きます。メチオニン合成のために利用できる葉酸(メチルテトラヒドロ葉酸)が少ないとコリンが多く必要になり、メチオニンが十分にあるとコリンの要求量は減ります。
また、コリンは神経伝達物質の前駆体であり、コリン作動性の神経でアセチルコリンに合成されます。
コリンは、ホスファチジルコリンとして生体膜の成分でもあり、全身の細胞膜が正常に機能するのに必要です。また、コレステロールや中性脂肪を運搬するリポタンパク質(VLDLなど)の成分でもあります。
肝臓から中性脂肪を運び出すには、主にこのVLDLが作用しています。コリン欠乏では、肝臓のホスファチジルコリンを合成能が低下し、脂質の蓄積を生じます。
血小板活性因子はコリン-リン脂質であり、血小板凝集作用のほか、白血球の活性化や肝臓のグリコーゲン分解などにもかかわります。
犬のコリン欠乏症
コリンが欠乏した犬は、体重が減少し、嘔吐が認められ、上記したコリンの機能が上手く行えなくなるため、肝臓の脂肪蓄積が増加し、肝機能が低下します。
また、胸腺の萎縮や、血中のホスファターゼ活性やプロトロンビン時間が増加したと報告されています。
犬のコリン要求量
動物は、ホスファチジルエタノールアミンよりコリンを合成でき、この代謝反応にメチオニンや葉酸、ビタミンB12がかかわっています。
犬の食事中のコリン要求量は、食事中のメチル基供与体(特にメチオニン)の量の影響を受けます。メチオニンが十分あれば、コリンの添加は必要ないようです。
NRC飼養標準では、犬のコリン要求量は、適切な量のメチオニンや葉酸、ビタミンB12が含まれる食事で欠乏症の認められない量などから定められています。
犬のコリン過剰症
犬にホスファチジルコリンを多く含むレシチンを大量に与えることによって、貧血を生じた報告がありますが、それより多い量の塩化コリンを与えても問題なかった報告もあります。
塩化コリンは、他の動物の研究からも、毒性は非常に低いと考えられています。
コリンを多く含む食材
コリンは、自然に広く存在し、さまざまな食材に含まれています。動物性の食材では卵黄やレバーに、植物性では小麦胚芽に多く含まれています。
犬の手作り食の栄養素量の算出を行う際には、その食材中の各栄養素量は日本食品標準成分表に公表されている値を用いて算出しますが、残念ながらコリンは掲載されていません。USDA(米国農務省)の公表している栄養データベースにはコリンが掲載されていますので、この値を外挿して利用します。
犬の手作り食のレシピ調査では、コリンは半数ほどのレシピでは不足していた栄養素でした。基準を充足していたレシピの中で、充足に貢献していた食材は、鶏肉、卵、豚肉、鮭でした。
ドッグフードでは、不足しないように塩化コリンとして添加されていることがあります。
病気との関連
人の疫学研究では、葉酸とがん(大腸がん)や心疾患(高血圧)の関係が調べられていますが、メチル基供与体としてコリンとこれら疾患との関係も疑われています。葉酸だけでなくコリンも不足することないように摂取しましょう。
また、人も犬もコリン不足でも脂肪肝や肝障害が生じます。コリンは、VLDLとして脂肪の輸送に、また、メチル基供与体としてメチオニン合成にかかわっています。メチオニンはタウリンの合成に必要なアミノ酸でもあり、犬では胆汁酸の抱合に主にタウリンを利用します。
わんちゃんが肝臓の病気でも、その原因には炎症、脂肪肝、胆泥などが、背景には高脂血症やホルモンの病気の関与などがあります。また、そして症状はないけど血液検査で肝臓項目の異常だけの場合もあります。肝臓の病気と言っても考慮すべき栄養素は同じとは限りません。
病気予防のためにも、また病気になってしまったときはより、わんちゃんの食事の三大栄養素、ビタミンやミネラル、アミノ酸組成への配慮が必要です。
わんちゃんの食事管理は、専門家や動物病院に相談しましょう。
獣医師清水 いと世 (京都大学博士 / 農学)
山口大学農学部医学科卒業後、動物病院にて勤務。
10年ほど獣医師として勤務した後、動物専門学校で非常勤講師を務める。
その後、以前より関心のあった栄養学を深めるために、武庫川女子大学で管理栄養士の授業を聴講後、犬猫の食事設計についてさらなる研究のため、京都大学大学院・動物栄養科学研究室を修了。
現在は、栄養管理のみの動物病院「Rペット栄養クリニック」を開業し、獣医師として犬猫の食事にかかわって仕事をしたいという思いを持ち続け、業務に当たる。
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