獣医師のドッグフード研究コラム
こんにちは。獣医師の清水いと世です。
今回は、犬のストレスについてです。
ストレスとは、圧力によってひずみが生じた状態ですが、今回のストレスは、けがや病気による痛み、そして恐怖や孤独を感じるようなストレスのことです。
ストレスを感じると、体はストレスに対抗しようと反応を起こします。
ひとつは、交感神経系が活性化されて副腎髄質からカテコールアミン(アドレナリンなど)が分泌される反応です。ストレスを受けるとすぐに生じ、ストレスに対して戦う準備を行います。心拍数や血圧、血糖値を増加させ、体中にエネルギーを供給します。
もうひとつは、ストレスによって視床下部、下垂体、そして副腎皮質が刺激される経路で、最終的にコルチゾールが分泌される反応です。交感神経系の反応と比べて、少し時間はかかりますが、同様に血糖値を上げ、白血球を活性化させ、ストレスに対抗します。
ストレス反応は正常です。
ストレス反応が起こらず、戦うモードにならず、免疫も活性化されなければ、ストレスに負けてしまいます。
しかし、ストレスが過剰または長期にわたり、ストレス反応が激しくまたは常に生じてしまうと、悪い影響が出てしまいます。
例えば、ストレス反応による消化器の血流低下は長期に及ぶと胃腸粘膜を損傷し、人では胃潰瘍やIBD(炎症性腸疾患)の悪化に関連するといわれています。犬でも胃の異常や大腸炎を生じるリスクが増えます。
では、犬のストレスの原因は何でしょうか?
犬が何に対してストレスを感じているのかを、犬に尋ねるわけにもいかず・・・
犬のストレスの研究では、ストレス反応で分泌されるアドレナリンやコルチゾールの量を測定することでストレスを確認しています。
このような研究などからは、犬は狭い空間や、厳しい訓練、騒音、予想できない状況、運動不足、知らない場所への移動、初めて人や動物や環境、仲間との隔離などでストレスを感じるようです。
私たち人間と似ていますね。
また、雄より雌犬の方がストレスを感じやすいようです。
ストレスの症状は、そのストレスの種類や程度によって異なります。
恐怖や不安によって、瞳孔が開いたり、耳を伏せたり、震えたりします。心臓の拍動や呼吸も速くなり、パンティングすることもあります。
また、行動の変化では、吠えたり、肢を上げたり、体をなめたり、あくびをしたり、匂いを嗅いだり、穴を掘ったり、排尿や排便の回数が増えることもあります。時に、便を食べてしまったり、クルクル回ったりすることもあります。ひどい症状だと、嘔吐や下痢のような消化器症状が出る場合もあります。
これらの行動変化が認められても、必ずストレスがあるとは限りません。一つの指標として考えてください。
また、個体差もあります。同じ環境でも全くストレス症状を示さない、ストレスに強い犬もいます。
ストレスの研究では、コルチゾールなどを測定することで、ストレスの確認をします。ただし、血液を採取すること自体がストレスになるので、尿や唾液中に含まれる濃度を測定して評価します。
また、犬の行動や心拍数、呼吸数で評価する方法もあります。
行動による評価は解釈が難しく、研究では精度を上げるために、これらの評価方法を組み合わせて確認する場合もあります。
各家庭では、行動などでチェックすることになりますが、ストレス評価は主観が入りやすいため、他人のご家庭のわんちゃんを評価することは控えましょう。
ストレスの対処法は、単純ですが、ストレスを取り除くことです。
そして問題なのが、ストレスがわからなければ、そして取り除けるストレスでなければ、対処が難しいということです。
だからといって、心配だけしていては、何も変わりません。
愛するわんちゃんのために、行動に移しましょう。ストレスを探して、取り除く努力をしましょう。
ストレスがあるように感じるけど、原因がわからない場合は、動物病院で相談するのも方法です。動物病院では、何となく調子の悪いという明らかな症状を示さないわんちゃんもたくさん診察します。飼い主様と一緒に原因を探してくれます。
ストレスの原因はさまざまで、その程度や犬の性格によっても対処法は変わります。激しい恐怖を覚えるストレスを経験してしまったのであれば、時間をかけて克服する必要があるでしょう。
ひとりぼっちより誰かがいる方が安心するかもしれません。逆に、誰かがいるより、静かな環境にいたいと思うわんちゃんもいるでしょう。
わんちゃんがどちらでも選択できるような環境を作りましょう。
小型犬で室内飼育のために、散歩に行ったことのないわんちゃんもいるかもしれません。
そのようなわんちゃんは、外に行きたいと思っているかもしれませんし、知らない環境が苦手で、散歩を怖がっているかもしれません。旅行に行くことを楽しく感じる人がいるように、逆に、知らない土地にストレスを感じる人もいます。
散歩が大好きだったわんちゃんも、散歩中に怖い経験をしてしまうと、不安で行くのを嫌がるかもしれません。無理に連れ出さず、散歩コースを変えたり、散歩休憩でおやつを食べたり、少しずつ時間をかけて、安心、安全、楽しさを教えましょう。
散歩好きだけど、途中で疲れてしまうと、そこからの散歩はストレスかもしれません。
散歩に行っても、行きたいコースでなければ、ストレスかもしれません。
ん~、難しい!
私たちは犬を飼育することで、心血管疾患のリスクが下がり、精神的な安定を得るといわれています。
私たちのストレス解消をしてくれるわんちゃんだって、病気の時など、ストレスをかかえる状況もあるでしょう。
わんちゃんの気持ちを量ることはむずかしいですが、その時は、少しでもわんちゃんのストレスが減るように努めながら一緒に生活したいですね。
ところで、わんちゃんたちには、私たち人間が未来のことを心配し過ぎて感じるようなストレスはあるのでしょうか?
わんちゃんたち、今日も今を一生懸命です。
獣医師清水 いと世 (京都大学博士 / 農学)
山口大学農学部医学科卒業後、動物病院にて勤務。
10年ほど獣医師として勤務した後、動物専門学校で非常勤講師を務める。
その後、以前より関心のあった栄養学を深めるために、武庫川女子大学で管理栄養士の授業を聴講後、犬猫の食事設計についてさらなる研究のため、京都大学大学院・動物栄養科学研究室を修了。
現在は、栄養管理のみの動物病院「Rペット栄養クリニック」を開業し、獣医師として犬猫の食事にかかわって仕事をしたいという思いを持ち続け、業務に当たる。