獣医師のドッグフード研究コラム
第39回:犬に必要な栄養素 マグネシウム(Mg)
こんにちは。獣医師の清水いと世です。
今回は、わんちゃんに必要な栄養素、マグネシウムについて説明します。
マグネシウムとは
マグネシウム(元素記号;Mg)は、ミネラル(金属)のひとつです。軽量という特性からマグネシウム合金として工業用品に広く用いられるほか、豆腐を作るときに使用するにがりのような食品添加物や、緩下剤のような医薬品にも用いられています。
体内では骨に多く存在し、カルシウム、リンに続いて多いミネラルです。骨のほかには、筋肉のような組織の細胞内や血液中など、体のあらゆる場所に存在します。体内で行われる多くの酵素反応にかかわっています。
消化、吸収、そして排泄
食事中のマグネシウムの吸収率には幅があります。マグネシウムの摂取量が多いと吸収率は下がり、逆に摂取量が少ないと吸収率は増加します。犬の食事中のマグネシウムに関する研究では、オリゴ糖の添加によって吸収率が増加したり、食事中のリンが多いとマグネシウムの利用率が低下したりと、同時に摂取する食事内容によっても吸収率は変わってきます。
マグネシウムの恒常性は主に腎臓による尿への排泄量で調節されています。利尿剤のように一部の薬剤によって、マグネシウムの排泄が増加することもあります。
生物学的機能
マグネシウムは、骨や歯の構成成分としての働きのほかに、多くの酵素の補因子としての働きがあります。
体の中では、摂取した三大栄養素を分解してエネルギー(ATP)を作り出したり、筋肉や酵素のようなタンパク質の合成を行ったり、また、不要な物質の分解が行われる時に多くの化学反応が起こっています。
これら反応は、酵素が作用することで効率よく進むことができます。酵素の中には、マグネシウムのようなミネラルが加わることで、その働きが活性化されるものがあります。
例えば、アルカリホスファターゼ(ALP)というリン酸基の移動を触媒する酵素の活性には、マグネシウムを必要とします。他にも、糖代謝の解糖系で代表的なヘキソキナーゼというグルコースをグルコース-6-リン酸にリン酸化する酵素もマグネシウムが必要です。マグネシウムがないと、これら酵素が活性化されず、体の反応が上手く回らなくなってしまいます。
マグネシウムは、神経伝達や筋肉の収縮、ホルモンの分泌にもかかわっています。中枢神経系など体中に存在するNMDAレセプターは、カルシウムイオンを通過させる受容体ですが、マグネシウムによってその活性が制御されています。マグネシウムが不足すると過剰なカルシウムが細胞内に流入してしまい、神経細胞が損傷を受けてしまいます。
犬のマグネシウム欠乏症
犬のマグネシウム欠乏症では、食欲不振や体重低下、手首の関節の過伸展や運動失調、大動脈の石灰化を生じた報告があります。
犬のマグネシウム要求量
犬のマグネシウムの要求量は、食事のよって異なるマグネシウムの利用率や吸収率の研究から、決められています。
犬のマグネシウムの毒性の情報が少なく、NRC飼養標準では上限は決められていません。
血液検査で血中のマグネシウム濃度を検査することができますが、体内のマグネシウムの蓄積量を反映しにくいといわれています。
マグネシウムを多く含む食材
私たち人間の食品では、可食部重量あたりのマグネシウム量は、ノリなどの藻類、ゴマなどの種実類、豆類に多く含まれます。
国内の犬の手作り食の調査では、マグネシウムの充足に貢献していた食材の上位は、鶏肉、豚肉、鮭でした。重量あたりで含まれる量は多くありませんが、レシピ中の使用量が多く、マグネシウム必要量を満たすことに貢献していました。
マグネシウムは骨に多く含まれるため、ドッグフードの材料に骨が含まれている場合は、マグネシウムの充足に大きく貢献してくれます。このほかドッグフードでは、塩化マグネシウムや硫酸マグネシウムなどのサプリメントの添加によって、必要量を満たすように作られていることもあります。
病気との関連
尿路結石の原因のひとつであるストルバイトは、別名、リン酸アンモニウムマグネシウムといいます。このため、マグネシウムの摂取を心配される声がありますが、犬のストルバイト尿石の主な原因は、尿路のウレアーゼ産生菌の感染です。
マグネシウムの摂取が不足することによって、シュウ酸カルシウムという違う種類の尿路結石が増加する可能性があります。尿路結石がある場合、マグネシウムをはじめとした栄養素の管理は、動物病院に相談しましょう。
マグネシウムは、薬として用いられることもあります。
便をゆるくする作用から緩下剤として使用したり、またてんかん発作や心疾患にマグネシウムの補給を行う動物病院もあります。マグネシウムは栄養素のひとつですが、病気の時は、必ず動物病院の指示を仰ぎましょう。
犬のマグネシウム要求量を満たすドッグフードを与えていれば、マグネシウムが不足することは通常ありません。
消化器疾患が長期に続いていたり、腸の切除術を受けていたりするためにマグネシウムの吸収に問題がある場合、利尿剤の長期使用などにより尿へのマグネシウム排泄が増加しているような場合には、マグネシウムが不足する可能性があります。
血液検査によるマグネシウム不足の判断は難しいといわれていますが、病気がある場合、お薬を飲んでいる場合は、動物病院での全身状態の確認も含めた、総合的な判断をしてもらいましょう。
獣医師清水 いと世 (京都大学博士 / 農学)
山口大学農学部医学科卒業後、動物病院にて勤務。
10年ほど獣医師として勤務した後、動物専門学校で非常勤講師を務める。
その後、以前より関心のあった栄養学を深めるために、武庫川女子大学で管理栄養士の授業を聴講後、犬猫の食事設計についてさらなる研究のため、京都大学大学院・動物栄養科学研究室を修了。
現在は、栄養管理のみの動物病院「Rペット栄養クリニック」を開業し、獣医師として犬猫の食事にかかわって仕事をしたいという思いを持ち続け、業務に当たる。
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