獣医師のドッグフード研究コラム
こんにちは。獣医師の清水いと世です。
今回は、わんちゃんに必要な栄養素、ナトリウムと塩素です。主にナトリウムについての説明です。
ナトリウム(元素記号;Na)と塩素(Cl)は、体液中に多く存在しています。カリウム(K)とともに細胞内外の浸透圧にかかわり体内の水分を調節し、神経伝達や筋肉の収縮にも大切な役割を持つ電解質です。
血管内にはナトリウムや塩素が多くカリウムが少なく、一方、細胞内にはナトリウムや塩素が少なくカリウムが多く含まれています。
嘔吐や下痢によって水分やこれら電解質が失われたり、細胞が多量に壊れて多くのカリウムが細胞外に放出されたり、体液(電解質)バランスが崩れると、深刻な症状が出てしまいます。このため、血液検査ではこれら電解質を測定、評価し、治療を行います。
一緒に摂取する食事内容によって変わりますが、一般的にナトリウムの吸収率はとても高いです。
ナトリウムと塩素の多くは尿から排泄されます。ナトリウムが不足しているときは、尿への排泄を減らすことで、ナトリウムを体内に保持します。
血液中のナトリウムとカリウムの比率は、副腎皮質ホルモンのひとつであるアルドステロンによって保たれています。
副腎皮質機能低下症(アジソン病)では、このホルモンの分泌が悪くなり、電解質のバランスが崩れ、血液検査でも低ナトリウム、高カリウム血症となり、重篤な場合は不整脈を起こし亡くなってしまいます。
ナトリウムと塩素は、細胞内外の浸透圧の調節や酸塩基のバランスを整え、体液を正常に保ち、血圧を維持し血液を循環させる働きがあります。また、筋肉の収縮や神経の興奮伝達の電位発生、そして細胞膜を介する物質の輸送にもかかわっています。
ナトリウムの少ない食事によって、落ち着きがなくなり、多飲多尿、心拍増加、粘膜乾燥などの報告があります。また、血圧に対する心臓の正常な反応が悪くなった研究もあります。
犬のナトリウムの要求量は、ナトリウムの吸収率や欠乏症の生じない量などから決められています。
過剰量のナトリウムは、食事の嗜好性が下がり、嘔吐も生じてしまいます。栄養の研究をまとめているNRC飼養標準では安全上限量も定めています。
日本人の食事摂取基準では、ナトリウムは不足する栄養素というより、取り過ぎによる高血圧などが問題となるため、目標量が定められています。WHOのガイドラインでは、最小必要量は200〜500 mg/日ほどだろうと記載されています。成人のエネルギー量を1日あたり2000 kcalと仮定すると、1000 kcalあたりのナトリウム最小必要量は100〜250 mgであり、これは総合栄養食の基準であるAAFCO養分基準(成犬)の最小量(200 mg/1000 kcal)とほぼ同量です。
ヒトの食事でも市販のドッグフードでも、ナトリウムは推奨量以上含まれているため、現在の食生活で不足するとは考えにくい栄養素です。
犬は、ナトリウムをある程度多く摂取しても、水分を十分に摂取できれば、大きな問題は生じないと考えられています。
犬は塩分の多すぎるドッグフードを食べなくなり、さらに多い量を摂取すると嘔吐してしまいます。
過剰なナトリウム摂取では、血漿量の増加や電解質のバランス異常、そして発作を起こし亡くなる場合もあります。
ヒトの食材では、野菜類のナトリウム量は魚肉類より少なく、加工食品には多く含まれています。ドッグフードの主要なナトリウム源は塩化ナトリウムです。
ナトリウムは体に必要な栄養素です。植物のナトリウム量は少ないため、家畜では鉱塩という塩を含むミネラルのブロックが与えられ、野生の草食動物も岩塩などを舐めて、ミネラルを補っています。
手作り食はしばしば魚肉類のほか、穀類や野菜類も混ぜて作られ、塩味を加えないと、ナトリウムが不足してしまう場合もあります。
犬の手作り食のレシピ調査では、ナトリウム源として貢献していた食材は、肉類や卵でしたが、醤油や塩、味噌を用いたレシピもありました。手作り食を行う場合は、各食材に含まれるナトリウム量を考慮し、過剰にならず、不足にもならないようにしましょう。
犬では、高血圧は一般的ではありませんが、健康に見えても1割ほど高血圧だったという報告もあります。高血圧は腎臓や脳、眼、心臓の障害を生じ、食事の塩分制限が必要になる場合もあります。
うっ血性心不全では、僧帽弁閉鎖不全症のような心臓の異常により、体に水分が溜まる症状が出てしまいます。血液循環が悪くなると、体は循環を改善させるためにナトリウムと水分を体内に保持し、血圧を上げようと試みます。この体の反応により、血液循環を改善することができればいいのですが、根本原因である心臓が悪いと、上手く血液を全身に送ることができません。このため、肺水腫、腹水、むくみのような症状が起こってしまいます。
うっ血性心不全には、低ナトリウム食が推奨されています。初期の段階からの制限は必要ありませんが、過剰なナトリウムを含む食事になっていないか、食べているドッグフードをチェックしましょう。
症状の進行に伴い、ナトリウムの制限は厳しく行われますが、うっ血の症状がひどい時は、食欲も落ちます。低ナトリウム食にこだわり過ぎて、他なら食べるのに与えず、何も口にしない(させない)のは問題です。すべての栄養素が、カロリー(エネルギー)源が摂れないのは、病気の回復を妨げてしまいます。
また、食事中のナトリウム量が心配になるあまり制限しすぎると、かえって心臓の正常な応答を妨げてしまう可能性もあります。心臓病がある場合は、主治医の先生と相談しながら、より良い食事管理を行いましょう。
腎臓が悪くなると、体内のナトリウム状態を維持する能力も悪くなり、高血圧を併発することもあります。ナトリウムの摂取量は多すぎないようにそして少なすぎないように注意しましょう。
尿石症の管理では、水分摂取量を増やして尿量を増やし、結石の素である結晶成分を希釈するために、ナトリウム量を増やした療法食があります。結石の種類によっては多いナトリウムが問題になる場合もあるので、尿石があるという理由だけで、ナトリウムの添加をしてはいけません。尿石の種類、病状に応じた管理が必要です。
食欲が落ちているときには、塩味(ナトリウム)は食欲回復のきっかけを作ってくれるかもしれません。病気の種類によっては、摂取しすぎに注意が必要ですので、かかりつけの動物病院に相談しましょう。
犬は人間のように汗をかかないから、塩分の必要量は少ないといわれていますが、必要ないというわけではありません。
人間でもほとんど汗をかかない場合もあります。
わんちゃんの正しい食生活(塩分量)を見習いたいですね。
獣医師清水 いと世 (京都大学博士 / 農学)
山口大学農学部医学科卒業後、動物病院にて勤務。
10年ほど獣医師として勤務した後、動物専門学校で非常勤講師を務める。
その後、以前より関心のあった栄養学を深めるために、武庫川女子大学で管理栄養士の授業を聴講後、犬猫の食事設計についてさらなる研究のため、京都大学大学院・動物栄養科学研究室を修了。
現在は、栄養管理のみの動物病院「Rペット栄養クリニック」を開業し、獣医師として犬猫の食事にかかわって仕事をしたいという思いを持ち続け、業務に当たる。