獣医師のドッグフード研究コラム
こんにちは。獣医師の清水いと世です。
今回は、わんちゃんに必要な栄養素、鉄についての説明です。
食事のミネラルには、多く含まれる主要ミネラルと、少し含まれる微量ミネラルという分け方があります。カルシウムやナトリウムは主要ミネラルになりますが、鉄(元素記号Fe)は、微量ミネラルです。
鉄は、体内では多くが血液中に存在し、一部、肝臓や脾臓、筋肉などに存在します。
ほとんどの鉄が、その各部位で特殊なタンパク質と一緒に存在しています。例えば、赤血球中のヘモグロビンや筋肉中のミオグロビンの中に鉄は存在します。また、細胞内のフェリチンや細胞間隙のヘモジデリンというタンパク質の中に鉄は貯蔵されます。トランスフェリンというタンパク質に鉄は含まれ輸送されます。このように、鉄はさまざまなタンパク質と結合して存在しています。
鉄はその電子の受け渡し(酸化還元反応)によって、二価鉄や三価鉄になります。この性質によって、赤血球中のヘモグロビンの酸素運搬や体内のさまざまな反応にかかわっています。
鉄には、動物性の食べ物に多いヘム鉄と、植物性に多い非ヘム鉄があります。さらにドッグフードでは、サプリメントとして添加される場合もあります。
鉄の吸収率は、鉄の形態や量、同時に摂取する食事中の栄養素や成分(ミネラルや食物繊維など)の存在によって変わってきます。
吸収された鉄は、トランスフェリンと結合し、血液を作る場所である骨髄や肝臓のような組織に運ばれます。
鉄は過剰に存在すると組織を損傷するため、鉄貯蔵のためのタンパク質に取り込まれ、他の組織に悪影響が出ないようになっています。
鉄は、上皮細胞が剥がれることで排泄され、尿からも少ないですが排泄されます。
多くの鉄は、赤血球中に存在します。赤血球は寿命が来ると脾臓などで壊されますが、鉄は再利用されます。
鉄の体内濃度は、吸収量などでコントロールされ、リサイクルすることでも保たれています。
鉄は酸素を運搬するヘモグロビンやミオグロビンの構成成分です。また、エネルギー代謝などの酵素反応にもかかわっています。
鉄は、二価鉄から三価鉄になるときに電子を放出します。逆に電子を受け取って、三価鉄から二価鉄になります。鉄のこの酸化還元反応によって進む酵素反応は、鉄がなければ進まず、代謝はうまく回らなくなってしまいます。一方、この酸化還元反応はフリーラジカルを生じてしまうため、体内の酸化の原因になり、過剰な摂取には注意が必要なミネラルでもあります。
鉄の少ない食事では、犬も貧血になってしまいます。鉄は、赤血球形成に必要なだけでなく、細胞分裂やエネルギー代謝などさまざまな酵素反応にかかわっています。このため、鉄が欠乏してしまうと、子犬は成長不良となり、元気がなくなり、下痢や血便のような症状も出てしまいます。
総合栄養食のドッグフードを与えている場合、十分量の鉄が含まれているため、通常、鉄が不足することはありません。
上記したように、鉄はフリーラジカルを生じてしまうため、フェリチンやトランスフェリンのようなタンパク質と結合して存在しています。これらタンパク質の結合能を上回る過剰量の鉄が存在すると中毒が生じてしまいます。
犬の食事中の過剰な鉄摂取の研究は少ないですが、胃腸管の出血や潰瘍が生じた報告があります。鉄の性質上、慢性的に必要量以上の鉄を摂取することは胃腸だけでなく、さまざまな組織の健康を損なうかもしれません。
犬の食事の鉄の必要量は、ヘモグロビン量や正常な成長、鉄の生物学的利用率などの研究から決められています。
鉄の上限量は、研究が少ないため、犬猫のNRC飼養標準では定められていませんが、上限が設けられているペットフードの基準もあります。
過剰な鉄は、鉄自体の毒性以外に、他のミネラルの吸収を阻害する作用もあるため、鉄の摂取量は多くなりすぎないようにしましょう。
鉄はレバーや赤身の肉に、野菜の中では小松菜などに多く含まれています。
犬の手作り食の調査では、鉄源として大きく貢献していた食材は、レバーや卵や赤身肉でした。このほか、大豆製品や小松菜などの野菜も貢献していました。手作り食では、鉄は不足することの多い栄養素です。手作り食を行う際には、多く含む食材やサプリメントを利用し、過不足のないように、栄養素量の計算を行いましょう。
鉄は、骨にも含まれているため、ドッグフードでは骨粉が鉄源に貢献している場合もあります。
鉄が関連する代表的な病気は、鉄欠乏性の貧血です。
鉄が不足する原因は、食事からの鉄の摂取不足があります。このほか、大量のノミやダニの寄生、消化管内の寄生虫や慢性的な血便など、血液の損失が続くような病気があるときも、鉄不足になる可能性があります。
人間では、鉄の過剰摂取は肝炎や肝臓がんのリスクが懸念されていますが、犬も慢性肝炎と診断された際には、摂取する鉄量に注意が必要とされています。
鉄は大切な栄養素ですが、過剰摂取の酸化障害が心配な栄養素でもあります。サプリメントで手軽に補充できますが、安易に使用して与えすぎにならないように注意してください。
動物病院で貧血と診断されたからと言って、鉄が不足しているとは限らないため、勝手に鉄剤を与えてはいけません。赤血球数が少なくなる貧血には、鉄を含めた赤血球の材料不足、赤血球を作る命令不足(ホルモンの異常)、血液を作る工場の異常(骨髄の病気)など、さまざまな問題が考えられます。
貧血など病気の時や、手作り食による不足が心配な場合は獣医師や専門家に相談しましょう。
獣医師清水 いと世 (京都大学博士 / 農学)
山口大学農学部医学科卒業後、動物病院にて勤務。
10年ほど獣医師として勤務した後、動物専門学校で非常勤講師を務める。
その後、以前より関心のあった栄養学を深めるために、武庫川女子大学で管理栄養士の授業を聴講後、犬猫の食事設計についてさらなる研究のため、京都大学大学院・動物栄養科学研究室を修了。
現在は、栄養管理のみの動物病院「Rペット栄養クリニック」を開業し、獣医師として犬猫の食事にかかわって仕事をしたいという思いを持ち続け、業務に当たる。