獣医師のドッグフード研究コラム
第46回:犬に必要な栄養素 - マンガン(Mn)-
こんにちは。獣医師の清水いと世です。
今回は、わんちゃんに必要な栄養素、マンガンについての説明です。
マンガンと聞くと、乾電池を思い出す方もいらっしゃるかもしれません。マンガンは乾電池にも利用されますが、犬にも人間にも必要な栄養素でもあります。
マンガン
マンガン(元素記号Mn)は、岩石や土壌中など環境に広く存在しています。
動物の体内に存在する量は非常に少ないですが、摂取の必要な微量ミネラルのひとつです。
体内の代謝反応に用いられる酵素の構成成分になっていて、骨の発育、神経の機能などにかかわる栄養素です。
消化、吸収、そして排泄
犬のマンガンの吸収率や利用率は他の動物種から推定されています。一般的に、マンガンの利用率は低く、鉄やカルシウムのようなミネラルが過剰に存在すると、利用率はさらに下がってしまいます。
摂取されたマンガンは、胃酸など消化液の作用によりイオン化し、腸から吸収されます。
マンガンの吸収を阻害、あるいは促進するアミノ酸やミネラルなどの存在によりその吸収率は変化します。
体内では、マンガンの恒常性を保つために、吸収と排泄を変化させて調節しています。マンガンの排泄経路は胆汁経由がほとんどで、消化管内に分泌され、便と一緒に排泄されます。
生物学的機能
マンガンは、酵素の成分であり、また酵素を活性化する機能があります。これら酵素は、脂質や炭水化物の代謝、抗酸化反応に関わり、骨や軟骨の形成、生殖、細胞膜の安定化に作用します。
マンガンの関わる代表的な酵素にピルビン酸カルボキシラーゼやマンガンスーパーオキシドジスムターゼがあります。
ピルビン酸カルボキシラーゼは、ピルビン酸をカルボキシル化してオキサロ酢酸を作る酵素です。
ピルビン酸は糖やアミノ酸の代謝によりつくられ、このピルビン酸から作られたオキサロ酢酸は、糖(グルコース)を作り出す経路(糖新生)に回ったり、クエン酸回路(TCA回路)に回りエネルギー(ATP)合成の経路に向かったりします。
スーパーオキシドジスムターゼは、活性酸素種を無害な生成物に変換する酵素です。その内部に存在する金属は、マンガンのほか、亜鉛や銅など違いがあり、種類が異なります。
細胞はエネルギーを得る電子伝達系(酸化的リン酸化)に酸素を用いますが、この酸素の一部は活性酸素種になってしまいます。この活性酸素種は、酵素や細胞膜、DNAなどを損傷し、破壊する場合もあります。
そこで働くのが、このスーパーオキシドジスムターゼです。これにより電子伝達系で生じたスーパーオキシドラジカル(活性酸素の一種)は過酸化水素となり、これはさらに、グルタチオンペルオキシダーゼという酵素によって「水」になります。
犬のマンガン欠乏症
犬のマンガン欠乏の研究はありませんが、他の動物種では、マンガンが欠乏することによって、骨の成長が遅れたり、足が短くなったり曲がったり、関節の腫れや歩様の異常が認められたりします。また、妊娠や胎子に影響が出ることも報告されています。
犬のマンガン要求量
子犬のマンガンの要求量は、母犬の母乳中のマンガン濃度と子犬の母乳の摂取量や体重などからマンガンの摂取量を推定し、母乳の高い利用率を考慮して決定されています。
成犬の要求量は、母犬のミネラル要求量などが加味されています。
鳥のペローシス(腱麻痺)など、骨や関節の異常は、マンガンが不足している場合もあります。鳥は他の動物種に比べ、マンガンの要求量が高く、不足の影響を受けやすいのかもしれません。
マンガンを多く含む食材
市販のドッグフードでは、穀物や動物性の原材料がマンガン源になりますが、サプリメントとして添加される場合もあります。
犬の手作り食のレシピ調査では、AAFCO養分基準のマンガンの下限値を多くのレシピが上回っていました。マンガンは穀物や豆類に多く含まれ、レシピ調査でもマンガン源として貢献していた食材は、ごはんやスパゲッティ、納豆でした。
マンガンは、穀物の中では、米ぬかや小麦胚芽に多く含まれます。
どちらも、玄米や小麦を精製した時に出てくる副産物です。真っ白いお米や小麦粉にする前(精製する前)の玄米や全粒粉には、マンガンをはじめとしたミネラルやビタミンが多く含まれていますが、これはこの副産物の部分に多く含まれているからです。
鳥の話になりますが、小鳥の市販フード(粟やヒエのような穀物)には、むき餌と皮付きの餌があります。
鳥には、肢が開脚になって立てなくなる病気がありますが、この原因はマンガンだけでなく、他のミネラルやビタミンが不足している場合もあります。皮付きの餌は小鳥が皮を向きながら食べるため、皮が散らかるという理由で与えることを避けられたりしますが、小鳥のためには皮付きの食事も用意しましょう。
玄米は白米よりビタミンやミネラルを多く含みますが、食物繊維も多く、犬の手作り食に用いる際には、お腹がゆるくなる場合もあります。与えすぎには注意しましょう。
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獣医師清水 いと世 (京都大学博士 / 農学)
山口大学農学部医学科卒業後、動物病院にて勤務。
10年ほど獣医師として勤務した後、動物専門学校で非常勤講師を務める。
その後、以前より関心のあった栄養学を深めるために、武庫川女子大学で管理栄養士の授業を聴講後、犬猫の食事設計についてさらなる研究のため、京都大学大学院・動物栄養科学研究室を修了。
現在は、栄養管理のみの動物病院「Rペット栄養クリニック」を開業し、獣医師として犬猫の食事にかかわって仕事をしたいという思いを持ち続け、業務に当たる。
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