獣医師のドッグフード研究コラム
こんにちは。獣医師の清水いと世です。
今回は、わんちゃんに必要な栄養素、カルシウムについて説明します。
カルシウムは、体内に最も多いミネラルで、元素記号はCaです。体の中では、そのほとんどが骨や歯に存在し、残りの少量が血液の中や細胞内にあります。
骨のカルシウムは、体の支持組織として骨の硬さを保つのに重要ですが、一方で骨はそのカルシウムの貯蔵庫としての役割があり、血中のカルシウム濃度を保つように働きます。
カルシウムは小腸や大腸から吸収されます。腸の吸収はビタミンDなどによって促進されますが、他にもさまざまな要因によりその吸収率は変動し、0~100%まで報告されています。
その要因には、食事中のカルシウム量、カルシウム源、他の成分(フィチン酸や他のミネラルの存在など)、腸内pH、犬の年齢、犬のサイズなどがあります。
一般的に、食事のカルシウム量の増加に伴い、吸収率は減少しますが、ここに、他の食事成分や犬の年齢など複数の要因がかかわり、吸収量は変化します。
吸収されたカルシウムの大部分は骨に蓄えられます。
カルシウムには体内のあらゆる箇所で非常に大切な役割があり、血中カルシウム濃度は低すぎても高すぎても体に悪影響が出てしまいます。そのため、ビタミンD、上皮小体ホルモン(PTH)、そしてカルシトニンのようなホルモンがその濃度を維持、調節しています。
血中カルシウム濃度が減少すると、これらが作用して、腸からのカルシウム吸収が増え、尿への排泄が減少し、骨からカルシウムが溶解したりすることで、血中のカルシウム濃度を増やします。血中カルシウム濃度が増加すると、逆に作用します。
カルシウムは血液の中で、およそ半分がタンパク質などと結合した状態、残りの半分が結合しないイオンの状態で存在します。動物病院で通常行われる血液検査のカルシウム値は総カルシウムの値で、実際に体内で作用するのは、この中のイオンの状態で存在するカルシウムです。
このイオン化カルシウムの量は外部の検査センターに血液を送って測定するため、時間と費用がかかります。血液検査でアルブミンの数値が低い場合は、結合型カルシウムの減少により総カルシウム値が低くなりますが、通常イオン化カルシウム値が正常であれば低カルシウム血症の症状は起こりません。
カルシウムは骨や歯の構成成分以外に、細胞内でのセカンドメッセンジャー(細胞内情報伝達物質)としての重要な機能があります。
体にはさまざまな細胞があり、これら細胞内にカルシウムが入ることで重要な反応を生じることができます。
例えば、筋肉が収縮することで動物は活動することができますが、この収縮に必要な活動電位が生じるためには、筋肉の細胞内に十分量のカルシウム流入が必要です。また、ホルモンなどの分泌も細胞内のカルシウム濃度によって調節されています。
食事中のカルシウムの長期不足は、栄養性二次性上皮小体機能亢進症(NSHP)という状態になってしまいます。
食事中のカルシウムが少ないために血中のカルシウムが減少すると、体は血中のカルシウムを増やそうと、上皮小体ホルモン(PTH)の分泌を促進します。PTHはビタミンDから活性型のビタミンD(1, 25-ジヒドロキシコレカルシフェロール)への産生を増加させます。
これらは、骨を溶解して血中にカルシウムを増やします。長期にわたると、骨のミネラルが不足し、骨が柔らかくなり骨折の危険性が増え、骨格の異常を生じてしまいます。
血中のカルシウム濃度を維持できず、低カルシウム血症になってしまうと、細胞内でのカルシウムの重要な機能も行うことができなくなってしまい、筋肉のけいれんをはじめとしたさまざまな障害が起こってしまいます。
低カルシウム血症は、食事のカルシウムの不足だけでなく、ビタミンDの不足や消化管の病気などによって生じることもあるため、血液検査でのカルシウムの低下は、カルシウム摂取量だけが原因とは限りません。
カルシウムの吸収率や利用率、骨格病変の有無や成長率、便や尿への排泄率などの研究により、犬のカルシウムの要求量は定められています。
また、カルシウムの過剰摂取による副作用の報告より、上限も定められています。ペットフードの品質基準であるAAFCO養分基準では、成犬時に体重がおよそ32 kgより大きな大型犬の子犬では、最大量が厳しく設定されています。
カルシウムとリンの比率も他の栄養素量やライフステージなどの影響を受け、AAFCO養分基準では1:1~2:1に定められています。
大型犬から超大型犬の子犬への過剰なカルシウム摂取は、発育不良、骨ターンオーバー減少、骨の湾曲など骨格異常を生じることが多数報告されています。小型犬では明らかな異常ではないようですが、同様な変化は生じるようです。
上記したように、カルシウムの吸収率はさまざまな要因に左右されますが、通常、体が十分と判断したときやカルシウム摂取量が多いときは吸収率を減少させます。子犬の場合はこのメカニズムが十分に発揮されず、過剰にカルシウムを与えると、体内に多く取り込んでしまいます。
また、カルシウムの過剰摂取によって便秘になったり、尿路結石を生じる可能性もあります。さらに、腎臓や血管のような組織中にカルシウムが沈着(石灰化)し、その臓器の働きに異常が生じることもあります。
カルシウムは、乳製品のほか、ブロッコリー、小松菜にも多く含まれています。ほうれん草と異なり、小松菜のようなアブラナ科のカルシウムの利用率は一般的に高いですが、このような食材だけで犬の手作り食のカルシウム含量を満たすことは難しく、大量に摂取しなくてはなりません。
犬の手作り食の調査では、カルシウムの基準を満たすことができたレシピはほとんどありませんでした。充足できていたレシピの中で、カルシウム源として貢献していた上位の食材は、卵の殻、煮干し、骨付き鶏肉でした。
ただし、骨付き鶏肉ではカルシウムが過剰になる場合もあり、用いる場合には量に注意が必要です。また、消化管を傷つけたり、閉塞させたりすることのないような調理が必要です。
ドッグフードでは、カルシウム源として肉骨粉やリン酸カルシウム、炭酸カルシウムなどが使用されています。
カルシウムは、非常に大切なミネラルのため、体はさまざまな機序で対応するようにしています。しかし、子犬や老犬、病気の時などには、その管理がとても重要になります。
市販のドッグフードは、通常、十分量のカルシウムが含まれています。子犬だからといって、骨の健康のためにといって、ドッグフードのカルシウム量を考えずに、カルシウムのサプリメントや骨入りのおやつを与えてはいけません。
過剰摂取によって、異常な骨格に成長し、生涯、その骨格での生活を強いることになってはいけません。
動物病院の検査結果のカルシウムの数値が低いからと言って、勝手にカルシウムを補給してはいけません。カルシウムの摂取量が原因とは限りません。カルシウムを補給すべき病気と、補給してはいけない病気とあるため、獣医師の指示を仰ぎましょう。
同様に、血中のカルシウムの数値が高いからと言って、カルシウム摂取過剰とは限りません。ビタミンDをはじめとして摂取した栄養素量のチェックは必須ですが、腎臓の病気や腫瘍など、高カルシウム血症の原因はさまざまであり、精査が必要です。
獣医師清水 いと世 (京都大学博士 / 農学)
山口大学農学部医学科卒業後、動物病院にて勤務。
10年ほど獣医師として勤務した後、動物専門学校で非常勤講師を務める。
その後、以前より関心のあった栄養学を深めるために、武庫川女子大学で管理栄養士の授業を聴講後、犬猫の食事設計についてさらなる研究のため、京都大学大学院・動物栄養科学研究室を修了。
現在は、栄養管理のみの動物病院「Rペット栄養クリニック」を開業し、獣医師として犬猫の食事にかかわって仕事をしたいという思いを持ち続け、業務に当たる。